遅々として進まない、他国の論文を自分用にまとめるシリーズの追加。「普性価値」(普遍的価値)論争というのが昨年ひとしきり盛り上がりまして、そのうちそれを擁護する側の大物の一人らしい。天安門は完全に終わった訳じゃなくて、こういう形で体制内でも遺産を残しているということのようだ。
そういえば紀伊国屋・書評空間で取り上げた、ふるまいよしこ著『中国新声代』は、中国・中華圏の現在を知るための最良の入門書の一つとなっておりますが、そこでもちらりとこの話題が出ております。それぐらいインテリにはおなじみの論争。
http://booklog.kinokuniya.co.jp/takahara/archives/2010/04/post_5.html
##
・改革開放以来、中国は経済的に巨大化。「中国の奇跡」
・一部の人々は「中国は他国を模倣しない」と言う。しかし、そうした「中国の特色」があるのなら、なぜ改革開放の前までに大躍進で数千万人が非正常な死を遂げ、崩壊寸前にまで至ったのだろうか。
・真に「中国の奇跡」を作ったのは、改革開放であり、市場経済、民主、自由、法治、人権を導入した「普遍的(普世)価値」を帯びる物事である。
「改革開放30年は、すでに中国の特色ある社会主義の成功であり、普遍的価値の人類文面が中国において開花した結果であるということができる」
・鄧小平は先進国を視察し発展の秘訣を探求した (13)
その最も重要な成果は市場経済を導入したこと。1979年・92年の講和、93年14三中全会
・市場経済の核心的価値は自由である。センを引きながら
・計画経済時代は、取締り(管制)が唯一の「法宝」とされていた。そこにどんな生産の積極性があっただろうか。餓死者が出たのも不思議ではなかった
・改革開放から最もよく出現するようになった言葉は「権力を下放する」、「利益を得させる」、「縄を解く」、「活性化」するだ。これはまさに「自由」と「市場」ではないか?
・広東の例。90年代以前の改革で全国を主導することになった。
鄧小平がこれを見て言ったように、わが国の早い発展の秘訣は「自分で決定することができる」だった。これが市場経済の精髄ではないか?
・安徽省・四川省は最初に「生産請負」を導入して農民の生産自主権を与えた。これが中国の「飯を食う」問題を解決した。
80年代中期に、商業の自主と自由を与えたら、聯想、万科、ハイアールなどの万元戸となった。
・自国民に取引(交易)の自由、投資の自由、発展の自由、さらには市場において間違いをおかす自由を持たせる、これが発展の要諦である (14-5)
・まさに自由は一つの普遍的価値であり、「中国の奇跡」をつくったのも、現代の企業家を育成したのもこれであり、また中国がさらに一歩発展できるかは、人民が十分な自由を享受できるか否かにかかっている。
・インドとの比較。インドは中国と違い元々資本主義だったが、その内実は計画経済であり、今では中国より発展が遅れている云々
・1989年の「ワシントン・コンセンサス」をめぐる論争、万能ではないが否定しきれるものでもない
・今の中国の問題は、経済改革の市場化という方向性の間違いではなく、経済改革とセットになるべき政治改革が不徹底であり、法治・自由・民主・人権・公平・正義が実行されていないことである。
・サッカーの例。市場化・プロ化された。そのせいで娯楽化が行き過ぎたという人がいる。しかし中国のサッカーの市場化は既得権益者のせいで市場化が後退しており、官営になっており、偽りの市場化・プロ化がなされたに過ぎない。資本と権力の結託から、リーグ戦の混乱や審判の不正問題が生じており、権力と金銭の闘技場となっている。市場化を通して、「先富」と政府の腰ぎんちゃくがもたらされた(15-6)
・サッカーと同様、他の領域にも不足しているのは法治・民主・人権であり、半身の市場化である
・19世紀後半の「洋務運動」、輝かしい業績を残した、しかしその後は100年の屈辱と衰退が続いた。腐敗のひどい体制の中で兵卒は死を覚悟する心がなかった云々
・歴史が伝えているのは、経済改革は政治改革を必然的に要求するこということ。立憲政治、民主、法治、近代的市場は、必然的に上部構造の保証を要求する。目下の中国は、経済領域の市場化改革を普段に継続するとともに、健全な社会保障体系を同時に組み合わせた政治をすみやかに行わなければならない
・改革開放30年を経て、下部構造はすでにできている。なのにふさわしい上部構造ができていない (16)
・マルクス主義者の一部は、普遍的価値はすべて資本主義の弁護人が大衆をだましたものといっている。こうした議論は、現在のグローバル化・市場化・情報化とその中での中国社会の根本的変化をまったく顧慮していない
・普遍的に対する認識:
1)経済の発展は民主の主要機能になりえない。 (17)
民主の主要機能は権力の平和な転移と自浄作用であって、経済の好不調と必然的な関係はない。台湾経済の不調は民主化の行き過ぎのせいというが、香港経済の不調は「一国二制度」のせいなのだろうか。
2)民主化過程の「乱」と民主そのものの「罪」を同一視してはならない。タイは民主化の混乱過程にあるが、軍人が頑迷でいまだ「準民主化」でその途上にあるからである。民主化の途上では混乱が伴うが、非民主にとどまる代償の方が大きい。
3)民主自由を弄する者の「悪」と民主そのものの「悪」を同一視してはならない。アメリカは自由の旗のもとに他国を侵略したが(それは民主自由の悪ではない)
4)民主自由にはいろいろ問題があるが、拒絶できるものではなく、その不足を冷静に見極めなければならない
・中国共産党はすでに民主・自由と普遍的価値を認めている。延安において、民主・自由・人権を求めて国民党の独裁政権に対して立ち上がり、これを打倒したのは共産党である。毛沢東・周恩来の文章にもそれが現れている。わが国政府はすでに人権に関する諸々の条約に署名している。胡錦濤の日本訪問時の声明にも普遍的価値がうたわれている。調和的社会、実事求是、人本主義、科学的発展なども共産党の提唱する普遍的価値である。云々