「ブログ・ハンティング」というコーナーに、「嫌韓・嫌中を超えて」というお題で書かせて頂きました。
それを見てここに来て下さった方もいらっしゃるかもしれません。ここは基本的に私の思い付きを書いているだけで、多少内輪の連絡帳を兼ねているような場所です。お役に立つものがなくてすみません。
そしてそこに書いたことともちょっとだけ関係する、前回書いたことの続きなんですが……私の中では「社会主義の残存」というのと、昨今のインターネットに顕著な「ナショナリズム」というのとは、完全に連続している。いつもながら全部思いつきの自分用メモなんだけども:
基本的に、今「東アジアのナショナリズムの応酬」と呼ばれているものは、「政治的無力感」=「民主主義の機能不全への不満と諦念」の「なすり付け合い」なのだと思う。
日本については、私は戦前・戦中のことにはあんまり触れたくないんだけども――すぐにオタクくさい微細な歴史トリビアの開陳(笑)争いの中に巻き込まれてしまうから――だけども例えば「靖国参拝」について、「あれは非戦の誓いなのである」という言い方がよくされている。「なのになぜ非難されるのか理解ができない」と。
私が解釈するに、これは「かつての戦争は政府・軍部が勝手にやったものであり、普通の人々は被害者だった」という、それ自体は私も否定しない認識に基づくものである。だから「おじいちゃんを人殺しと呼ぶのは許せない」し、「先の戦争最大のモニュメントとしての靖国は非戦の誓い」なのだ、となる。
そしてこれは、戦後日本の左翼が終始その立脚点としていた「悔恨共同体」という思考回路と、基本的には同一のものである。「悔恨共同体」論は、「先の戦争はファシスト政権が勝手にやったものであるが、人々が彼らのウソにあまりにも簡単にダマされたことこそが問題だ。だから『市民社会』を堅固にしてそういうウソからの防波堤を作らねばならない」という姿勢を根本としている。
今ネットとかでよく見る靖国賛成論は、「普通の人々は<あの政治的決定>に参加しなかった」という議論の前提条件を、こういう古典的な左翼思想とまったく共有している。違うのは、「だからいけなかった」と言うか、「だから責任はない」と言うか、という違いだけである。
「だから責任はない」という場合にしても、やはり「おれの意見が政治に影響力を与えられていない」という「民主主義の機能不全への不満と諦念」が顔を出す。そこで槍玉に上げられるのが、奇妙にも「左翼」であり、その象徴としての「朝日新聞社」である。こういう思考回路は、基本的に国内で「支配的」とされているものへのアンチとしてのみ意味を発揮するのであり、日本の場合はそれが「左翼」な訳だ。
ここで明らかにねじれているのは、戦後日本において「民主主義の機能不全」を最初に指摘したのは「悔恨共同体論」であり、「左翼」であることだ。そして「民主主義の機能不全」の最大の象徴とされてきたのが「ファシズム」であり「先の戦争」だった。
つまりは、「ネット保守派」が「誤った支配的意見」として反発を感じている当のものと、彼らの不満は、完全に連続的なものである。取り扱う話題まで一緒であり、違いは「肯定か否定か」という表層的なものでしかない。
確かに戦後日本で人文社会的知のヘゲモニーを握っていたのは「悔恨共同体・市民社会論」であり、それが「時代遅れである」という感覚は私も共有している。しかし私が違和感を覚えるのは、それに反発する人々の物言いというのは、批判対象と同形式でしかないのであり、単にベクトルを逆向きにしたものでしかないのではないか、ということだ。
きちんと伝わっているか自信がないが、要するに、今一般に「右傾化」と呼ばれているものは、実は「右傾化」ではなくて「日本の左翼っぽさの残りカスがたまたま自国史賛美論になってるだけ」としか思えないのである。
私が思うに、「民主主義の機能不全」がもたらしつつある問題とは、「先の戦争」とも「おじいちゃんが加害者か被害者か」とも、何も関係がない。どう考えても「政治的対立」というのは、普通は経済的再分配の問題をめぐるものであり、人々が「民主政治の機能不全」を感じるとすればそれは「仕事」とか「社会保障」とか、そういうことになるはずだ。私は、そういうことをまったく考えてこなかった日本の左翼というのはゴミだったと思っているけど、今一般に「右傾化」と呼ばれている動きも、まったくそれと同類だと思う。
なのになぜ、いまだに「左右」を分ける主な軸が「先の戦争をめぐる評価」であると、これだけ広く信じられ続けているのか。逆に言えば、なぜそれしか広く話題にならないのか。これこそ「擬似問題」であり、「しっかりした国の意見」がどうとか、「アジアの隣人の声」がどうとか、下らないことを言う前に、自分の「個人的な生活」を考えた方がよっぽど良い。
そして人々が「個人的な生活の自己防衛」と思っているものの大部分は、ちっとも自己防衛になっていない。マクロな視点に置き直せば、自分の首を絞めることが平気で「自己防衛の手段」として広く語られている。
私はこういう事態に、「政治的対立軸」の形成において、「先の戦争とかおじちゃんとかがどうのこうの」という下らない問題が大きく関与し過ぎている、という事情が一枚噛んでいるんじゃないかと思っている。特に日本の場合は、「会社主義」みたいなものが日本の優位性として語られて来過ぎたこと、さらに中国の経済成長とこれまでの「アジア観」のギャップというような問題があって、こういう話題と妙な節合関係が形成されやすいのだと思う。
そんで通俗的な話題としてそういうのが流布している間に、擬似的な政治対立構図の間隙を縫うように、人々に意識されないまま「激烈な改革と個人化」が進行しており、そして人々の無意識の行動はそれに拍車をかけつつある。私は、「激烈な改革と個人化」が進行すること自体は仕方がないことだと思っている。だけれども、「多くの人々がそうと意識しないまま進行すること」、およびそのために「その進行が、一部の人々にリスクを押し付ける形でいびつになっていくこと」は気持ちが悪い。
そんでこういう、「元来は経済的再分配と、それに直結する『自分自身の生活の問題』として語られるべき『民主主義の機能不全への不満と諦念』が、『(対日)歴史問題』という擬似問題として広く意識化されている」という事態は、韓国でも中国でも進行していると私は思っている。だから「日本=加害者/中韓=被害者」という図式の説明能力は、もうほとんどないと思う。
たとえば日本の「嫌中」論がよく取り上げるのは、文革とかチベット問題とか現在の言論統制とかの「共産党の横暴」である。「中国は非民主国家である」という訳だ。そんでこういう関心は、中国の若く青臭い「ナショナリスト」たち(最近はもうあんま見ないけど)の不満と、実は共通のものだ。彼らは「現在の共産党は、経済成長という名の元に対日柔和政策を取り過ぎている」という不満を持っており、つまりは「おれの意見が政治に影響力を持っていない」という「民主主義の機能不全」への不満であるからだ。
同じことは韓国にも言える。韓国を「非民主国家」と攻撃する声は今の日本では余り見ない(だから「韓国は無視して可」みたいな物言いがネットなんかでは多い)けども、これは韓国がいわゆる「民主化」を達成してからそれなりの年数が経っており、たとえば「光州事件」とかいうのを知るためにはそれなりのリテラシーが必要になったから、というだけの話だと思う。
韓国国内では、現在「歴史問題」と言われるのはほぼすなわち「国内の親日派清算」であり、小泉がこないだ靖国参拝した時も、ネット上ではたいした話題にならず、「かの有名な○○も親日派だった!」みたいな記事の方がはるかに多かったのである。
これは、日本からの投資としての日韓基本条約(それは「賠償」の機会を奪ったものとされる)なくして経済成長を成し遂げられなかった、という、韓国近代史最大のタブーがようやく「批判可能な形に認識として浮かび上がった」ということであり、実際に植民地時代の対日協力者たちの系譜というのは現在に至るまで、(信じがたいことだが)「確固たる実体」として、社会の富裕層・特権層として、目に見える形で残存している。これは現在の日本を相手にした問題ではなく、完全に国内の旧支配層に対する批判である。
その背景にあるのは、「日本と結びついた旧支配層の手によってしか高度成長がなされなかった」という自国史への憤りであり、その旧支配層たちが「民主主義」を抑圧してきた「横暴」の告発なのである。つまりこれも国内における「民主主義の機能不全」への怒りなのであり、「反日気運の高まり」では必ずしもない。
韓国や中国における、一見「反日」に見えるものも、実はもう「歴史問題」に限ったことではなくなっている。韓国や中国の当事者たちも、全員がそう「気付いて」いる訳ではない。かといって日本にいる我々がそれを「反日だ」とわざわざ誤解する必要もない。
日本の場合と同様、むしろ重要なのは国内における「分断」(EK先生より借用)であり、それを育む「民主主義の機能不全に対する不満と諦念」を、「歴史問題」という形で擬似的に問題化し、「相互になすり付け合っている」のが現在の東アジアの「ナショナリズムの応酬」である。というのが、2005年12月9日現在の私の結論である。
……さて、こういう話を、もっときちんとした文章の中に織り込んでいくには、どうしたらいいんだろうか。とりあえずメモしてみたけど、今からそれやんなきゃ……。