前回の続きでベンチャーとかいろいろ
いろいろ短中期的なことが収束に向かってきた。ふう。ここの更新も3日に一度ペースに戻したいなあ。
今、以前ここに「擬似問題としてのフリーター」として書いたことを、拡張した内容の原稿を書いている。コンテンツ産業云々の話も、そこに入れ込む形になっている。今まだいろいろ修正中。
そんで前回の続きで、最近読んだ本を適当にレビュー。
◆ヤング,ジェフリー・S,ウィリアム・L・サイモン,井口耕二訳,2005,『スティーブ・ジョブズ――偶像復活』東洋経済新報社.
私のいる周辺だと、「メディア論」という所で論じられることの多かったこの人、その分野にあんま興味のない私がよく知らなかったことがいろいろ書いてある。
こういう人がなんで日本に出てこない(orこなかった)んだろう、というのは、不思議だけど、ある意味当然な気もする。
◆日経ビジネス編,1984,『飛翔!ニューベンチャー』日本経済新聞社.
ジョブズとかゲイツとかがいろいろやってた当時、日本で「ベンチャー」というのがどう論じられていたか、垣間見える本。よく分からない研磨技術の研究所とか、「アート引越センター」とか、「ノエビア」とか、そういうのが代表選手とされている。編者による以下の記述が、我々にどこか痛々しく感じられるのはなぜだろうか。
「革命は、必ず、周辺から起こる。天守閣は依然そびえていても、冬の陣で濠を失くした大阪城は、あっけなくくずれた。大企業の輝きが失せる日も近い。なぜか。技術開発であれ経営管理であれ、およそイノベーションは、個人の創造力に依存する。柔軟、あるいは型破りの発想がバネとなる。それを、大企業は、官僚的な組織と硬直的な管理で圧殺しかけている。そして、それに気付かない。モラールがあがらないのは当然で、自己革新の油が切れかかっているといってもいい。
だが、ベンチャーは、全く違う。彼等は、“日本的経営”さえも一新してしまう力を秘めている。組織をみれば、大企業のように事業部、部、課とタテにつらなってはいない。自由、平等、公正をモットーに、平べったい形をしている。ベストセラー『メガトレンド』の言を借りれば、ヒエラルキーからネットワークへの潮流を先取り、実践している。こういう組織に、大企業の窓際族、わけても満たされぬ想いの技術者が身を投じるのは、当然ではないか。
もともと技術者には、起業の知名度や肩書きに固執するより、研究開発、製品開発で生き甲斐を果(15)たそうという志向がある。ベンチャーの台頭、技術者専門の転職斡旋誌の登場が、その志向に拍車をかけた」(16)
◆中小企業庁小規模企業部サービス業振興室編,1986,『ニューサービス業の現状』大蔵省印刷局.
上と同じような意図のもと、大学で借りてきたのだが、総覧的であんま参考にならない。というかいろいろリストアップされて、誉めそやされてる産業の、かなりの部分が「とっくに消滅」してるのが物悲しい一冊。
◆堺屋太一,2002,『日本の盛衰』PHP研究所.
この人の著作、『団塊の世代』しか読んだことなかったんだけど、自分が書いてることに似てるからびっくりした。50代くらいの人に「既視感がする」とよく言われるのはこのことか。当時の課題が先送りにされて今に至ってるんだから、仕方ねえんだと思いますけどね。はい。
最近忙しかったので、他にも読んでない本がたまっている。
ここで一言。ネットだのブログだのいろいろある今日、「事例」は余って腐るほどある。たぶん我々の仕事は、微細な事例をいちいち挙げつらうことではなく、それらを囲む認識枠を作ることでしょう。「事例」自体で勝負しようと思っても、ウェブ情報にかなう訳がないと思う。
読者はヨソでいろいろ「事例」情報にさらされると思うけど、そういう時にふと「ああ奴の言ってたのはこういうことか」とか思ってもらえるのが一番良いよな、と思う今日この頃。
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