4/27・朝日新聞夕刊に取り上げてもらいました
ありがたいことです。ちなみに20面(文化面)です。はい。自分で写真を見て思ったのですが、おれ、ここ1年くらいでほんと老けたな……。でもカジュアルな服装してれば、もうちょっと若く見えます(必死)。
その、老けた一番の理由が、先ごろ上梓させて頂きました『不安型ナショナリズムの時代』です……。ほんと大変だった……そして助力をくれた周囲の友人たちに、改めて感謝する次第です。
特に……同僚の「AM君」こと新雅史氏には、あの長い草稿を二度三度と読んでもらって、綿密なコメントをもらった。持つべきものは友達ですね、ほんと。ちなみに新君は、「論座」の4月号に「フィットネス化する社会」なる論考を発表しておられます。
そしてこのブログは、私が現在書いているもののメモを、完全に自分用として(笑)書く場所だったのですが……「せっかく著書を出したんだから、少しはそれについて書け」と、周囲からしばしば助言を頂きます。
ここ数回、なんか大仰な書評をいろいろ書いているのは、現在書いているものがそんなものだからなのですが……ちょっと中断して、次回から、その『不安型ナショナリズムの時代』について何か書こうかと。
私の考えていることには、当然ですけども、私の個人的な体験がいろいろ背後にあります。それを個人的な体験としてそのまま書くのは、まあ余り意味のないことだと私は思いますので……他者と共有可能な形にするべく、一般化・抽象化して書いたのが、その本です。
それが「抽象的過ぎる」というようなご批判を頂くこともある訳ですが……はっきり言って、私の20代のすべてがあの本の中に入魂されているのであり、ある意味私は、自分で作ったその圏域から、一生逃れることはできないのではないか、とすら思います。
それは多少の不安感を伴う感情だったりもするのですが……ともかく、そこに書いたことの背景にあるいろいろな事情を、多少はちょこちょこ書いていったりしようかなと。
自分語りは全然好きじゃないんですが、今回、いろいろあった会話の中から、インタビュアーの方がそういう部分を大きく取り上げて下さった……という事情からしても、ルーツに立ち戻ることは必要なのかもしれません。ちょうど、もう一人の師匠から、似た主旨のアドバイスを受けている所でもありますし……。やっぱり結局は自分用のメモで、恐縮なんですけども。はい。
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