『大平総理の政策研究会報告書』、自由民主党広報委員会出版局, 1980
最近、書類作成のような事務的な作業がたまっている。やりたくないけど、避けていると後で自分が損するんですよねえ……。
そしていきなりですが、戦後日本を語ろうと思ったら、この『大平総理の政策研究会報告書』を抜きで済ますことは絶対にできない。だが、私の同僚たちを含め、読んでいる人は意外に少ない。
現在の各種審議会へとつながっていくような、外部の学者たちを抱え込んで書かれたこの報告書。当時の著名な知識人が一同に会している感じ。というか、今でも論壇誌とかで見る名前がちらほら。
全部で9つの部会があったらしく、それぞれの報告書がある。9冊バラのもの(一般販売用?)と、全部が一冊にまとまっているもの(関係者配布用?)がある。どちらもとっくの昔に絶版だが、オンライン古書店などで比較的すぐ見つかります。はい。
「戦後安定社会」とか「1940年体制」とか「日本的福祉社会」とか、論者によっていろいろ名指しされている、たぶん70-80年代にかけて完成した、いわゆる「戦後日本」。今、そのほころびが各所で論じられているとすれば、もともとそれが何だったのかを考えなければならない。
私の知る限り、それを最も網羅的、かつ精密に描き出したのがこの本である。こういう議論を、「日本人論」とか、「日本の優越意識」とか、「伝統の創造」とかで斬るのは、たやすいけれど、あんまり意味がない。
この膨大な知性の集積が……どこまでも楽観的で、今となっては若干の居心地悪さなしに読めないものだが……、「総体として」何を意味していたのか。そういうことを考えないといけないと思う。
今回は久々の更新だから大仰ですね。はい。
一番面白いのは「文化の時代の経済運営」という巻で、これだけでも良いような気がするが、自分用の覚え書きをいろいろ書いておくことにする。
◆「文化の時代」研究グループ報告書
*第一巻で、全体概観に相当するもの。主な論点:
・西欧を後追いする時代は終わり、日本は自己の伝統を否定する明治以来の状態から脱却すべきである
・高度成長で経済大国になった。世界の工場となり、豊かな消費生活を満喫するようになった。
→しかし「ゆとり」が乏しい(39)
→今後は他の先進国同様、低成長に移行せざるを得ない。
「低成長の背景となる資源・エネルギーや環境の制約は、これまでの生産拡張第一主義に代り、第三次産業や公共部門でもより文化的な分野への投資の比重を増加せざるを得ないであろう。これは労働力の配分についても同じである。また何よりも低成長のもとで人々の生活時間の(39)設計も変化し、文化的な充足に対する欲求はむしろ高まっていくことになろう。
このように考えれば、低成長のもとでも、むしろ低成長なるがゆえに文化の発展の潜在的可能性はよりいっそう高まるのである。【中略】われわれは工業化至上主義、経済中心主義の段階をすでに七〇年代に卒業したのであり、今後の日本は成熟した市場社会にふさわしい「文化の時代」を生きていくことになるであろう」(40)。
*要するに、がむしゃら高度成長への反省が、低成長をむしろ「ゆとり」の好機とする評価につながっている。そこでは、当然ながら、高度成長の達成したもの……高所得・治安の良さ・高い平等……などが、根元から崩れる可能性が考慮されることはない。
二度の石油危機の影響が軽度に済んだ、と言えば、それまでなのかも知れませんが……。そこをスルーしたことの影響がいかに甚大だったかは、我々が日々いろいろな話題で目にしている通りなのである。
◆「田園都市構想」研究グループ報告書
*第二巻。上のような時代認識に基づいた、都市計画についていろいろ書かれている。おそらくニュータウンとかの源流の一つ、なんじゃなんですか。
・明治維新から100年、またGNPが米に次いで世界二位になった今、追いつき型近代化の目標が終焉している。
そこで再評価されるのが、田園都市構想である。「それは、近代文明とそこにおける豊かさの質を問い直し、人間生活の目標とあり方を再検討し、国家システムの再編成をめざす、超近代の動きの重要な一環にほかならない」(91)。
*「超近代」なので、当然(?)農村とかが焦点になる。
総じて、「都市に田園のゆとりを、田園に都市の活力を」という、良いとこ獲り戦略が提唱される。
・農山漁村は日本人全体の「ふるさと」だが、近代化・産業化・高度成長の中で生活様式が変貌。
→田園的な農業生産と都市的な消費生活が、混在してしまうようになった。両者を分離し、緑あふれる余暇・教育・文化・健康の場としての農村と、それをつなぐ場としての都市の機能を明確にさせねばならない。
・そのために、「多極重層構造をなす都市・農山漁村を結合する交通ネットワーク」の整備を全国的に推進せよ、とする。
*……んだけど、単純に、「緑とか農業とか」と、「都市的な消費生活」が「混在」していると何がいけないのか、よく分からない。
あと、その「結合する交通ネットワーク」の整備が行き過ぎるくらい充実した結果、「入れ替え可能性」が高まったというのもあるだろう。
*続く、地方地方の愛着と帰属感を醸成するための「文化施設建設」とか、環境主義=「人間と自然の調和をめざす国づくり」とか、ありがちな話はまあいいとして……(こういうのもいちいち「脱近代」という時代認識を背景にしていること、その背景にはかなり多幸症的な現状認識があったことは覚えておく必要がある)
……この間までここでいろいろ言っていた、産業の構造転換についても、同じ論理が適用されているのが面白い。
・中小企業の台頭・経済のサービス化・需要の高度化・ソフト産業・クォリティ産業・先端技術産業などは「地域産業の発展」をもたらすものである(138)。「これらが、個性ある地域産業として多彩に発展していくことによって、各地域社会を経済的に支える質の高い雇用機会と所得水準の提供が可能になっていくのである」(143)
・「地場産業都市構造」、「工芸コミュニティ・モデル都市構想」を推進せよ(143)。地域の風土に合った伝承技能と、先端技術・デザインを結合してクォリティ商品を作れ(144)
*要するに、「地域の多様性」が、すなわち「新しい高付加価値産業」を生み、もって地域格差の是正要因になるだろう、ということだ。それが実現されたとは到底言えそうなのはもちろんだし、そこで選出される「高付加価値産業」が、「地元工芸」のようなものであることは、今考えれば驚くべきことだろう。
その一方でハイテクについても言及があるのだが、
・ハイテク・省資源産業は「クリーンな環境」がいる。シリコン・バレーも「文字どおり公園と呼ぶべき環境のなかにクリーンな半導体生産工場が散在し、世界の最先端技術を開発し、活気にあふれている」(146)
*……と、なぜか「自然」に注目が寄せられる。見るのそこかよ。
*総じて、この著者たちは、人間関係の潤いを失ったかに見える「都市」の外部を希求しているのであり、それが「超近代」的な(笑)「農村」「自然」の復権あるいは再組み込みという思考へつながっている。
◆「家庭基盤充実」グループの提言
*以下三巻は、私があまりよく理解できないのもあるが、あまり面白くないので簡略に。
*特にこの「家庭基盤充実」グループは、意味不明な楽観と伝統回帰意識の合成みたい。というか似たようなことを言っているが、今でも多い気がしますけど……。
・欧米より、犯罪・離婚は低く、祖父母同居率・あたたかい人間関係は高い。この延長で「脱工業化社会への転換」を行えば「ひとつの先進的経験」になりえる(185)
・間柄文化による仲人制度と見合結婚が離婚率の低さに貢献している(199)
・親子同居の多さは「日本人の親子観ないし内面的道徳を反映している」(208)
◆「総合安全保障」研究グループ報告書 301-344
・没落した米をもう頼りにしない。また今は防衛として最低限の軍事力もないから整備せよ、と
◆「環太平洋連帯」研究グループ報告書 345-394
・ガット・IMF体制が動揺している現在にあって、自由で開かれた経済システムを維持し相互依存関係を強めよう
……という訳で、一番面白い「文化の時代の経済運営」はじめ、後半は次回また、ということに……。
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