続・松原隆一郎 『分断される経済』
最近妙に疲れやすい。確かに多少は忙しいが、そこまで言うほどでもないんだけどな……なんでだろう。
長い間溜め込んでいたものを、単著の形で一気に吐き出して、それに対していろいろリアクションを頂いたりして、多少参り気味っぽい気もする今日この頃。でもリアクション頂けるのはありがたいことです。何かあったらコメントでもメールでも下さい。どうぞよろしくです。
ところで……妙に間が空いてしまったけど、前回の続き。
この後は、割と各論っぽい論点が多い。そして非常に共感できる。なのになぜ、前回書いたような違和感が残るのか。次書く論文では、そんなことが表現できていると、いいなあ(なかば運任せ)。
*まずは都市再開発について。
・「都市再生」論は、塩漬けで廃れた土地ではなく、すでに人気のある土地を狙い打ちにしている(148)。都心から地方に人口が去ったから成長率が下がった、などと論じられている
*「入れ替え可能性」に対して、「場所のアウラ」のようなものを復権させようという試みはいろいろ行われているけど、「都心回帰」とかいうのはそういうのと別個のメカニズムで動いているもので、前者が後者に追随するだけだったら、別にわざわざ地方自治体とかが出てくる必要はないですよね。確かに。
でもなぜわざわざテコ入れが行われるかというと、以下のような事情が考えられると。
・「建造物の寿命の作為をも感じさせる短さと業界の建て替え体質とが、戦後日本の建築物の特徴だ」(157)。
長期雇用制度を前提とした住宅ローンを組んだ人から、自己破産者が続出している。また阪神淡路大震災では、二重ローン問題が深刻に。「あの手この手で国民に借金させて家を買わせ、倒壊すれば自己責任と言って放り出す」(155)
背景には政財官の癒着があり、構造改革はそれを再結合させている(155-6)。
*少し話がズレますが、個人的には、そもそも人々の側の「持ち家志向」というのがあまり理解できないし、なんで郊外に住宅地を作りたかったのかもよく分からない。バブルの地価高騰で郊外に弾き飛ばされていった、というだけなんだろうか。大正期の沿線開発の話とかはよくある訳ですが……たぶん80年代初頭に生じた一大転機について、当事者の(要は団塊世代の)発言というのは、恐ろしく少ない。なんで?
*ちょいと飛びまして……次に規制緩和の話。
・93年の宮沢・クリントン首脳会談に始まり、「日米投資イシニアティブ」→97年の独禁法、商法・証券取引法改正→98年のビッグバン→99年の株式交換・株式移転制度導入→01年の会社分割制度創設・金庫株制度導入などにいたる、外資による日本企業買収促進(185-6)。
・日本が自主的に規制緩和したものだが、政府が国民に周知徹底しなかったため、ライブドアが生まれても当然だった(187)
*たぶん今、中国が一番注目している「失敗例としての日本」ってこの辺りにあるんでしょうが……私が勉強不足なので、また追い追いに。
*続いて成果主義の話。
・「成果主義が【社内外の】風通しの良さではなく上司の裁量と結びつくと、逆に組織の閉鎖性を高めてしまう」。
・例がJR西日本の尼崎脱線事故:JRで唯一成果主義を導入しており、上司の宴会の誘いを断れなかったのかも(204-5)
*前回の繰り返しになりますが、こういう組織内に閉じた成果主義は、悪弊ばっかりで、ちっとも成果主義ではなく、<だからこそ外部労働市場がなるべく公平な形で形成されるように>と考えるのが普通だと思うんですよね……。なのになぜ「かつての終身雇用のもとでの予測可能性」の方が「マシ」なのか。それが分からない。
*そして結びとしては、「社会資本」の話になります。
・戦後日本は不確実性の縮減と「信頼」の醸成を中心課題としてきた。90年代にそれがうまくいかなくなったが、代わりに登場した構造改革は、信頼の再構築ではなく無視だった(240)。
・「経済は、非経済的な部分と表裏一体となっているのであり、純粋な市場化はそもそも不可能なのである」。その中での市場化の貫徹は秩序の崩壊を招く。終身雇用制の解体の後、コミュニケーションの場がないままで、不安や自殺率の高まりが生じている(242)
・「社会資本」は、一旦会社に吸収された。でも「会社という共同体に戻れない人は、自分の能力を評価してくれるなんらかのネットワー(242)クに身を置かなくてはやりきれない」(243)。→スポーツクラブ振興、暗渠河川の復活、地方の商店街など
*私も参加している某先生のプロジェクトの次のテーマが「コミュニティ」だけど……詳しくは追い追いにするけど、要は「不確実性をなくす素晴らしいコミュニティ」と長らく信じられていたものが、まったくそんなもんではなかったことが明らかになった。というか、実はその中で「コミュニティ」が根こそぎ消滅していたのが明らかになった。その間、他の先進国では「社会関係資本」とかが論じられていたにも関わらず……。
「で、やっぱコミュニティ」となった時に、一体どうすれば良いのか。そこで古臭い「大平総理の政策研究会」とかが呼び起こされるのは、ちょっとナシなんじゃないかと思う。かといっていきなり「ストリート」とか「趣味空間」とか言い出すのも明らかにおかしいし……というような所に考えどころがあるんじゃないかと。
「地縁・血縁」とか、そのスジでいろいろ再考されるべきでしょうが……これがまた、韓国の保守派から「地縁・血縁があるのは韓国の近代化が素晴らしかった証拠だ」とか言われると、それもちょっと違う気がするし……。
あと、中国のマンション建設ラッシュの時に、一番論じられていたのが正に「コミュニティ・メイキング」で、社会学の主なニーズもそこにあったくらいだそうだけど、それがうまくいったかどうかは結構先にならないと分からん気もするし……。
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ところで蛇足だが、いろいろな所で、微細な話題を巡って妙な「党派」が結成され、両極端に分かれた陣営の間に、下らないケチの付け合いが繰り広げられていく……という風景が見られる気がする。特にオンラインで。そういうのに充実感を覚える心性は、私にはよく理解できない。
私はこの本と、いろいろな価値観を共有していない気がするけど、「だからこそ読んだ時に自分の理屈をこねる必要性を感じさせられる」というのは、私の価値観で言えば「めちゃくちゃ面白い本」ということになる。
今回の例で言えば、「昔の終身雇用を誉めているからダメ」とかいう評価は、批判として下の下であり、そういう人は「昔の終身雇用はダメだった」という一行を、一生ブツブツ唱え続けるだけで終わっていくだろう。これに限った話じゃないけど。
私は別に、一行でまとめられるお題目のもとに、ケチな徒党を組みたくて色々考えたりしている訳じゃありませんし……いろいろあって多少取り乱しましたが(笑)、とにかく、この本は「必読」です。はい。
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