姜尚中・吉田司,2006,『そして、憲法九条は。』晶文社.
研究室の後輩に風邪を移され、咳など出しながら更新している春の夕方。
ところで、姜尚中という人は、大学院における私の指導教授であり、大学の世界では普通に「師匠」という言い方をする。
といっても、何か直接「指導」してもらったことなんてほぼないし(笑)、単著にしろ雑誌にしろ、仕事に口をきいてもらったことも一度もないし……というか、私が彼の「弟子」になってから、早いもので8年近く経ったのだが、その間に二人きりで話したことなんて7-8回しかないし(笑)。ちょっと前までの日本の大学院というのは、大体どこでもそんな雰囲気だったんじゃないでしょうか。良くも悪くも。
なので、そうでなくとも当然のことなんですが、とりあえず私と彼は「別人格」ということでお願いできないかと思っている、今日この頃です。はい。
彼の著作や来歴などについても、私なんかより、コアなファンの方々の方がよっぽど詳しいと思います。
私が知っているのは……彼は「在日」&「左翼」という、今の日本で評判の悪い二大カテゴリー(笑)の代表選手のように思われているけど……本人はそのイメージとかなり遠い所にいるということです。
たとえば、(あらゆる社会に存在するものの一例としての)「在日社会の暗部とか嫌らしい部分とか」、あるいは「左翼の良心の空回りとか理想主義とか」があるとすれば、彼ほどそれらを「知り尽くしている」人はいないと思う。
たぶん「弟子入り」した頃の私は、「さまよえる良心」(by宮台氏)をどこかに抱えていたんだと思うし、「在日」で「左翼」の「師匠」にその充足を求めていた所があると思うけど……実際会った彼は、党派の論理で言う所の「そちら側」に対し、「右側」な人々に対するよりもっと、こき下ろすことをよく言って、通過儀礼のようなものを施してくれた。
彼の(比較的)近くにいて、いろいろあった間、私が考えるようになったのは、「自己否定」をどこかに含まない人の言うことは、絶対に面白くないということです。
私が見るところ、彼は「在日二世」と「団塊世代」の奇妙なハイブリッドであり、その両方の特徴をふんだんに持っている。
そして……自分でも、その両方が嫌で嫌で仕方ないのだと思う。だけど自分の一部だから、大事にしたい部分もある……みたいな感じ、気障に言うと「引き裂かれた」感じ、みたいのを姜尚中には二重三重に感じた。
そう感じて20代を過ごしてきた私は……自分の外にだけ敵を見出して「左翼」とか「右翼」とか呼んで批判する思考回路を、その内容の如何問わず、なんか受け付けなくなってしまった。
左右だけじゃなくて、非常によくあるのは、社会の中に、何かの小集団があって――「マイノリティ」でもいいし「若者」でも「ネットやゲーム」でも「○○世代」でもいいんだけど――その小集団の「味方をするか敵になるか」いずれかを自己目的にする形の語り口。
前者は、言い換えれば「自己弁護」であり、要するに「おれたちは間違ってないということを、なぜみんな分かってくれないのか」という感情に突き動かされているような議論であり、形を変えていろいろな所にあると思う。
それが逆向きに転倒すると、何かの小集団(かつて当人がいた場所であることも多い)を、躍起になって、妙な上位価値を振りかざして難癖をつけるような議論になる。両者の構造はほとんど同じだと思うんだけど、その間で妙な党派争いが繰り広げられることになる。
さっき書いたことを言い直すと、「在日」とか「左翼」とかいう小集団の中から、外に向けて「自己弁護」するだけの議論の不毛さを、誰よりも知ってるのが彼だと思う。そういう身振りをする時、しないといけない時はあるんだと思うけど……。
「自己弁護」してもしょうがないことを知りつつ、自分の置かれた状況から何か発言しようと思えば、何か大きな枠組みの中に自分を置き直していくしかない。
私は、会社(への就職)に育まれた「中流意識」と、社会から遊離した逃げ場をもたらしてくれるかに見える「文化の領域」の二本立てで、両者がどこから来て、どういう社会的な帰結をもたらしてきたか……みたいなことを考えながら『不安型ナショナリズムの時代』を書いたのですが、それは私を「引き裂いている」二つのものがそれだったからで……。
その時に、「いまだに中流意識を持っているのは単なるバカだ」とか、「文化に踊ってる若者はバカだ」とか、逆に「中流意識は大切だ」とか「やっぱ文化は素晴らしい」とかいう形でないように、論じようとしたつもりです。
それは同時に、76年生まれの、日本人で、郊外育ちで、「4年間くらい吉祥寺をぶらぶらしてた」(笑)等々のいろいろを、置き直すことのできる枠組みを探すことでもありました。あの本を買って下さってるのは、比較的若い年代の方が多いそうですが……共感にしろ反発にしろ、その結果見つけた枠組みに反応してくれるということは……うれしいことです。
ダベリがだいぶ続きましたが、この本。題名は、あまり内容と関係がない。一般的に姜尚中は、カルスタ・ポスコロに一時期入れ込んでいた頃のイメージで捉えられていると思うけど、それ以前の彼は、政党政治とか政治経済学とか社会変動論みたいな……要するにかなりハードな語彙で語る人でした。
私は明らかに、その頃の彼に強く影響を受けているんですが……この対談は、ポスコロの深い所を通過して、その路線に立ち戻った感じというか……とにかくめちゃくちゃ面白い。タイトルうろ覚えのまま、周囲の人によく勧めているんですが……この本です(笑)。もう長くなってしまったので、内容については追い追いに……。
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