崔章集,1999,『韓国現代政治の条件』法政大学出版局.
ご無沙汰になってしまいました。この間にも、ものすごくいろいろありまして……。
また、内輪の連絡事項がございます。
1)ソウル方面の許可が、正式におりました。
2)ディスプレイが直りました。お騒がせしました。
ところでこの著者は、韓国で非常に著名な政治学者。金大中前大統領のブレーンでもあったようだ。韓国の、一種独特なマルクス主義みたいのをものすごく良く体現していると思う。
盧武鉉現政権を生み出し、その後評価の風向きがだいぶ変わっている、韓国の「運動」系政治学の概論として私は読みました。80年代くらいからこっちのものを集めた、論文集です。
こういうのを「(左翼)運動だからダメ」とか「(左翼)運動だから良い」とか、「日本とは違うなあ」とか言うのは簡単なんだが、私は日本の事例ともまったく無関係ではないと思う。他のいろいろな論点でも思うことですが、韓国では確かに「こういうの言われ過ぎ」な感があるけど、日本では「こういうの言われなさ過ぎ」でしょう。いつもながら適当ですみませんけども(笑)
主な話題は、韓国における「民主化」は、とりあえず達成(盧泰愚文民政権の誕生)されたけど、実はまだ未完なんじゃないか、ということ。その評価で重要なのは、1)中間層、2)開発主義。
◆第一章 過大成長国家の形成と政治的亀裂の展開(1985)
*民主化運動の長かった韓国では、中間層が(最初学生、後期には労働者)の「運動」に共鳴するものなのかどうか、が結構重要な論争点になってきた。
この著者は、中間層は民主化の「形式的側面」には親和的だが、「実質的側面」(より平等な分配政策など)には無関心であり、ある段階以後には保守派と親和性が高くなってしまう、とする論調の代表者。
・日帝下の地主階級には、政治的正統性がなかった。民族資本の形成も進んでいなかった。
→よって解放後には、経済的・政治的空白状態が生じ、社会全体が爆発的に政治化されることとなった(6-7)
・朴正熙暗殺から戒厳令布告までの混乱=60年の4.19革命(軍部の介入によって挫折)と異なり、運動の内部の問題によって挫折。「民主化に対する学生の熱望がソウルの中心的な社会階層であるプチ・ブルジョアジーと新中産層の呼応を得ることができなかったというところに見いだしうる」(21)
・ソウルの中産層は、民主を放棄し成長を選択した。朴政府の政策の恩恵者たちだったから。
「もし彼らが政治過程に直接参加しなくとも、一政権が相対的に高い教育水準を背景とした彼らの社会的・職業的地位を維持してくれ、相対的に高い所得水準を保障してくれるならば、民主主義を通しての政治参加は高い代価を払ってまで手に入れようと努力する必要がないのかもしれない。彼らには政治体制の形態が問題ではなく、彼らの既得権が喪失されない政治的条件を維持してくれる体制がより重要なのであった」(24)
そこに分断状況という変数が関わってくる:「反共と安保理念は、社会の特殊利益から発生するあらゆる葛藤をひとまず、または限定なしに留保させ、北の脅威に共同で対処すべき総和体制を構築する接着剤の役割をはたす」(25)。
◆第五章 支配イデオロギーの構造・機能・変化――1987年の「民主的開放」以降を中心に(初出表記なし)(116-158)
*この章では、南北分断状況を前提に成立する、反共/容共というのが、一種の擬似問題として保守/革新の論争点になってきたと指摘される。(まあそれが上から押し付けられたとかいうのは、日本の社会学から見るといろいろ言われそうだけども)
そして、盧泰愚政権の誕生により形式的には実現された民主化が、実は全然不十分だとする。
・「わが国の支配ブロックは不幸にも、広範かつ激烈な下からの民主化要求にたいして、上からの自己改革の方法を選択するよりも、旧来の支配イデオロギーとしての反共イデオロギーを、変化した政治社会的条件において形を変えて強化する方法を通して旧支配構造を温存させようとした。そしてそのメルクマールがまさに保革対立構図というイデオロギー的地形の形成であるといえよう。保革対立は支配ブロックが軍部権威主義に反対する民主化勢力と、「現状維持の権威主義の温存か、改革的民主化か」という問題をめぐり対立するようになるとき、既得勢力が民主化の力に抵抗することが困難なため、独裁-民主の対立構図を保守-革新の対立、その意味内容において、反共か容共かという旧体制のイデオロギー的抑圧体系をそのまま再現することを本質としているからである」(119)
・盧泰愚の第六共和国=「自由化された軍部独裁」=「民主-権威主義の対立がすべて解消されたかのように、民主化の達成を力説しながら、依然、現実化もされず、現実化されるのも前途遼遠であるにもかかわらず、民衆変革勢力の政治勢力化とすべての力量が制度化された政治権力と対称的なまでに大きいと過大評価しながら、ありもしない制度化された政治空間におけるイデオロギー的対立を前面に持ち出し強調していた」(120)
*なぜ不十分なのか。それは要するに開発独裁下で蓄積された「既得権益」が、まだ確固として、誰の目にも見える形で残存しているからである。それは、政治と経済の両面に現れれる。
政治の面では、代議制民主主義の機能不全:
・反共主義は自由民主主義の護持をその存在理由としている。しかし実際には民間または軍部の独裁体制でしかなかった。民主主義は修辞に過ぎないものだった(123)
・支配ブロック・保守派が考える民主主義=1)「反共主義を理念とする政治体制」、2)「私的所有関係と資本主義市場経済を有する体系」、3)代議制民主主義の政治的規則(127)
しかし現実の「ブルジョア民主主義」は、特に3について、大統領と国会議員の選出のみに限定されており、その他の国家機構の公職=官僚は民主的選出の原理が適応されていない。地方対立が激化したのも6月抗争以後のことで、新旧体制の代表者構成は同質的だった(127)
*経済の面では、独占資本(要するに財閥)の残存:
・国家独占資本主義は民主的発展にとって害悪であるが、西欧ではそれに多元主義的民主主義体制が批判的理論として定立してきた(140)。また個別独占資本が巨大でも、選挙権を持つ市民社会が巨大であり、多数の独占資本が組織化されて始めて、代議制民主主義に影響を及ぼす。
これに対し「わが韓国社会は、国家独占資本主義と極度の政治的権威主義という条件、すなわちすでに後退した出発点から民主化を模索しなければならない」(142)。
「わが国では、わずか数社だけでも国民総生産(GNP)の半分を占めるほど極端な独占的地位を有する財閥企業と、その上に君臨する強力な権威主義的国家権力とが結合している。【中略】このような体制のもとでの私的利益政府は、単一の巨大企業の閉鎖的構造となり、特殊利益が公的利益自体を圧倒する威力を意味するものとなる。国家の経済成長が事実上、ごく少数の巨大企業によって主導される私的利益の集積と同じ意味を持つようになるとき、そして国家の経済政策が基本的にこのような巨大企業中心の私的蓄積を推進する方向で作用するとき、それは公的利益の私的利益への従属であり、【中略】このようなとき、国家とは、集中的に独占資本の利益を代弁し貫徹させる公的支配機構であるという表現が可能になるのである」(142)
「国家独占資本主義は、一つの政治イデオロギーとしての発展主義イデオロギーによって正当化される」(143)
*もう一度言うけど、確かに韓国では「こういうこと言われ過ぎ」だが、日本では「こういうこと言われなさ過ぎ」でしょう。もちろん具体的な文脈の違いも大きいのは分かっていますが……。
右から左までいろいろな人が言ってるし、草の根の不満の種にもなってる「大企業の正社員の特権化」とかいうのは、こういう話とそれなりに連続的ではないか。いろいろな仕事をしている人と会って話を聞いてても、言語化すれば上に近くなるような不満の念を抱いている人は、少なくないと思うんですけどね。別にそれを運動論で表現する必要はない訳ですが。
*韓国の民族主義(ひいてはナショナリズムの一側面)も、こういう話と連続的であり、その文脈に置かないとあんまり理解できない。より詳しい試論は『不安型ナショナリズムの時代』参照。
・「既存の社会秩序と冷戦反共イデオロギーをそのまま堅持する統一政策」=「国家主義的統一政策」と、「下からの民衆的エネルギーから発生する」「民族的統一運動」とがある(149-50)。
「民族民主運動」は、反米民族自主化をその核心とする。「民族民主運動によって主導される民主化運動と統一運動が反米自主化運動と並行して展開されているのは、この二つの運動領域が闘争対象としている権威主義-独占資本の支配構造のイデオロギー的バロメーターである冷戦反共主義がアメリカによって維持され、再生産されているという認識、それゆえこのような支配的体制を否定し、克服する問題は、他ならぬアメリカの帝国主義的役割を拒否することであるという認識のためであったということができる」(150)
◆第六章 軍部権威主義的体制の内部矛盾と変化のダイナミックス1972-1986 159-217(1986)
*この章では、明確な開発独裁であったパク・チョンヒ政権期と異なり、チョン・ドファン政権期には経営者層と官僚との利害が齟齬をきたすようになっていたと指摘される。それが「形式的民主化」の達成に向けた運動に中産層が参加した背景にあったと。
現代グループ創始者・鄭周永の、この時期の発言……「政府のいかなる施策も自由企業人の創意・努力を阻害することは慎まねばならない」(200)が、象徴的に引用される。
・朴政権期のいろいろのまとめ:
-朴政権期の大衆的スローガン:「歴史的使命感を持ち、近代化の効率的な達成を通して、民族中興は可能になるだろう」(165)。
-「総和団結」、経済的動員体制と政治の無力化。年平均10.3%のGNP成長率(165)
-大規模投資の背景には、73以後に大量流入した海外資本がある。そのうち90%以上が海外共同借款・商業借款(165)
-73年から、低賃金の労働集約的な消費財軽工業から、重化学工業に輸出部門の発展をシフト。増税と、外債を土台とする海外資金(165)。同時に防衛産業の成長も意味していた
-国防力増強5ヵ年計画:「国際独占部門と強固に統合された防衛産業の発展は工業生産部門と国民福祉のために投資されなければならない資本を、費用が多くかかる非生産的な部門にまわすことによって、国民経済にさらなる負担を負わせた」(166)。
また、海外借款の配分(金融投資と銀行貸付)、また国家統制下におかれた国内銀行投資により、排他的に大資本家を支援→部門・階級・地域間の両極分化が進む。
農村から都市に人口が流入し、大部分は産業労働者と都市貧民を形成していった(167)
・全政権期:国家エリートと上層ブルジョアジーが決裂。
-「強力な国家支援によって形成され、経済的に急激に成長した産業ブルジョアジー――今は政治的にはまだ弱くても――が彼ら自身の利益を国家の持続的な規制と監督によってではなく、国家と私的領域のよりはっきりした分離、すなわち経済的合理性を拡大することによって獲得できると認識するに至ったという点にあらわれている。労働にたいする統制の領域を除き、経済にたいする国家の介入がもはや過去のように企業利潤にプラスにならないという考えが生じた」(199)
-また、退役軍将校を国営企業・私企業・公務員に特別採用させたことも、軋轢を深めた(200-1)
⇒「中産層の反乱」へ
*こうして、学生や労働者だけでなく、経営者層や中間層の利害をも巻き込んで「形式的な民主化」が達成された。しかしその後は、「発展主義」(私は「開発主義」という言葉の方が好きなんだけど)による成長・分配の歪みこそが運動の焦点になると。
◆第七章 民主化の二つの概念――手続き的民主主義と実質的民主主義 218-235(1987)
・「手続き的民主主義」=市民の政治参加の制度的脇枠組みの整備=6.29宣言まで希求されていたもの、実現したものはこれ(219)
・しかし経済成長の確信から疎外されてきた都市労働者・都市貧民・下級中間層・農民層などの「民衆勢力」の利害は反映されたとは言えない:
「国家独占資本主義の資本蓄積機構に基盤を置きつつ、成長第一主義の理念的支柱である発展主義と、所得と富の公正な社会的分配を強調する経済的民主主義との対立関係」が顕在化
→「実質的民主化」が希求されるようになった(220)
「このような意味からするならば、6・29宣言はただ形式的で手続き的なレベルでの民主化に向けた一つの重要な突破口を準備したものであり、同時にそれはその内容的・実質的民主化の方向について沈黙、または隠蔽していることがわかる」(220)
・中産層は、前者を支持するが、後者には消極的あるいは否定的。保守派は、下からの民主化要求を、国家安保の危機や経済破綻を招くものとし、この層の右傾化を図ってきた云々(227)
*個人的には、こういうのを読んで「韓国政治はすごい」とか、「やっぱ運動だよ」とか、あるいは「やっぱ韓国左翼はうざい」とか言うのではなく、「開発主義」という概念をテコにメタ化していけないかなあと思っているのですが、ダメでしょうか(?)。その論文も、書くならそろそろ時間が迫ってるんだけど……。
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