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2006年7月28日 (金)

東京大学社会科学研究所,2006,『「失われた10年」を超えて[I] 経済危機の教訓』東京大学出版会.

突然ですが、ある案件が良い方向に転がりまして……私に「良い知らせ」が来たのは、ものすごく久々な気がいたします(笑)。

これで、韓国行きが本決まりでして……この9月から来年3月まで、ソウル大学校・社会科学大学・言論情報学科という所に、半年ほど滞在いたします。まあここは(以下略)

ところで……最近、身近に人間関係的なトラブルが多発している。私に原因のある場合もあれば、たぶんそうでない場合もある。
私に言えることは、「私を仲間にしたいならそう言って欲しい、私のことを小馬鹿にしたいなら勝手にそっちでやってて欲しい、いずれにせよ『自分の方が優れている』という下らないプライドをひけらかしながら寄ってくるのはやめて欲しい」ということです。
あくまでも内輪の大学の世界、それも対面的な人間関係の話で、それ以外の方々にはまったく関係ない話ですけれども。はい。

やっぱ、「コミュニティ」ってあんま好きじゃないな……個別の関係で結ばれた、義兄弟・姉妹分たちの方が、私にとっては重要で……相変わらずどうでも良い話ですけれども。

ところで、東大・社会科学研究所(通称「社研」)の最新刊の二巻本が、こちら。
ここは、記述主義的(?)な社会科学としては、おそらく日本最高峰の仕事をしてきた機関で……1991年の「現代日本社会」、および1997年の「20世紀システム」(それぞれ全7巻くらい)は、私も大いに参考にしている所でございます。
でもこのシリーズは、これまでとなんか毛色が違う気がする。その一巻目の本書。全体のモティーフは第一章に要約されている。

◆1章 橘川武郎「経済危機の本質――脆弱な金融システムと頑強な生産システム」15-39

・日本経済の成功を説明しようとした理論モデルは、失敗を説明できていない。経営者企業論(チャンドラー・森川英正)、利害裁定モデル(青木昌彦)、人本主義論(伊丹敬之)会社主議論(馬場宏二)(22-4)
 逆に失敗を説明しようとした議論は、問題解決の道筋を提示できていない

・一貫した説明モデルが必要→金融の失敗、生産はずっと強力だった
・生産システムと金融システムを一括して、80年代まで成功、90年代以後に失敗したとするのは正確でない。
「現実には、生産システムに関しては石油危機~1980年代の局面と1990年代以降の局面を通じて「成功」が継続し、金融システムに関しては石油危機~1980年代と1990年代以降の両局面を通じて一貫して「失敗」が続いたと言うべきである」(35)

※なんとなく分かるような、分からないような……私の勉強不足でちょっと留保。
 私の関心に直接近いのは、同じ著者による第三章。

◆3章 橘川武郎「「産業空洞化」・サービス経済化と中小企業問題」75-102

・1999年12月、改正・中小企業基本法の公布・施行。
 =「二重構造パラダイム」から「産業集積パラダイム」への転換を示した(76)
 中小企業庁『中小企業基本法の改正』(1999)をまとめて:「従来は、経済の二重構造論を背景とした非近代的な中小企業構造を克服するという『格差の是正』が政策目標であり、いわば『脱中小企業論』に立っていたが、これからは、「多様で活力ある中小企業こそが我が国経済の発展と活力の源泉であり、中小企業の自助努力を正面から支援する」ことに重点をおくという、「理念の転換」があった」(76)

・産業集積=「多数の企業の物理的近接」=要するに「集積内分業の効用」と「集積とマーケットとの連関」からなるメカニズム。
・このメカニズムは、自身を維持するための自己保存機能を内包している:1)創業の継続的発生、2)技術蓄積と評判の喚起(経営資源としての「評判」が確定されると、それが技術資源を保持・強化させる力ともなる) (80)
・ところが、失われた10年においては、産業集積地(東京大田区・東大阪市)でこそ製造業事業所数の減少が見られた(81)
・この間にも一貫して100万人を上回る創業希望者が存在し続けた(83)。開業率の低迷はその創業希望が実現しなかったことを意味する(83)。

・開業率低迷と、その背景でもある信用力低下の大きな要因として、「産業空洞化」がある(と論じられている)。しかし日本の産業の技術力の低下、競争力の損失を導くような産業空洞化は、いまだ生じていない。日中貿易では近年一貫して赤字だが、香港貿易では一貫して黒字であり、しかも前者の赤字額を上回っている=合わせて中国・香港とすれば一貫して黒字(86-7)

・地方経済再生のモデル:
-滋賀県の琵琶湖南岸地域を例に【あまり詳しく紹介されていないのでサービスのくだり以後の実情は分からない】:
 「産業集積の活力維持→製造業の健闘→製造業関連のサービスビジネスの拡大→製造業関連サービス業における雇用拡大→商業・飲食店の雇用拡大→県全体での従業者数の増加」(92)
-滋賀県長浜市の事例:
 カネボウ繊維の不振で製造業の低迷が著しい。しかし観光業などが増加、「第3次産業の革新→地域経済の活性化→従業者数の増加」(99)
・両モデルを概括すれば:「中小企業再生→地域経済活性化→雇用確保」、だそうだ(100)

※中小企業振興の失敗の原因は私にもよく整理できないけど……「産業空洞化していない」という言い方に、どういう意味があるのだろうか。(「格差拡大は見かけ上のものである」とかいう言い方もそうなんだけど)要するに「お前らの不安感は、統計により棄却されている。不安感があるとすれば、それは誤った世界認識である」、ひいては「安心しろや」ということなのでしょうか。
 せっかくの実証を、そんな「日常心理批判」に使うより……何が失敗だったのか、なんで想定されていた「産業集積」が生じなかったのか、とかいう制度的なことを振り返る方が、よっぽど生産的だと私は思うのですが……。

※そもそも中小企業振興の時にも、「重厚長大産業から高付加価値産業へ」という文脈の中で、「大企業にはない機動力の高さ」が評価されていた。その中には、「不効率な年功賃金制に縛られず、流動的低賃金雇用を迅速に導入できる」という意味も含まれていた。
 この点が思い起こされないまま、中小企業に雇用改善役割が期待されるのは、ちょっと違うと思う。流動的低賃金雇用が増えていくだけでしょうから……。
 それ以前に……ウェイターとか、みやげ物屋の店員とかがいくら増えた所で、それを「雇用拡大」と呼べるかどうかは微妙だし、「地域経済活性化」になんか、まったくつながらないと思う。最近よくある例だと、このリストに「コールセンターの電話受付員」を付け加えても良い。
 著者は、サービス産業における雇用が大方「袋小路職」でありがちだ、という(私みたいな)意見に対して批判的なようだ。確かにそれだけ言ってても仕方ないんだけど……でもあまりにも楽観的過ぎないか?

※元々、欧米で「雇用確保は地域単位で」とか言われ始めたのは、市場経済化の進行の中で、まさにウェイターとか電話受付とか、将来見通しの立たない雇用が増えてしまい、それが「市場経済化の弊害」の一つとして認識された、その後の話で……
 だからこそ「ただのサービスではなく地域サービス」としての「社会的企業」が希求されていった、みたいな流れなんだと思うのですが。今現在いろいろな「地域」で進行しているのは、単なる「市場経済化」の段階であって、私企業(人材派遣業とかも含む)の勝手になる余地が増えているだけの話であり、「第三の道」のニュアンスの入った「地域の復権」とかの<前段階>のことなのだと思う。
 なのに「第三の道」的な論理が、日本独特の「地方」の論理と組み合わさって、身勝手に密輸入されているのが、薄気味悪いというかなんというか。

※あとは、大沢真理の論文がありまして、「男性稼ぎ主モデル」という持論を展開しておられます。しかし第二巻収録の論文の方が個人的にはピンと来た。という訳で次回また。

◆第6章 大沢真理「逆機能に陥った日本型生活保障システム」175-201 
・「「男性稼ぎ主」型の対応では、若年層と女性の就業機会を狭め、中高年層を労働市場から早期に退出させてまで(「労働削減(labour reduction)」)、壮年男性の雇用を保護しようとし、家族はあいかわらず男性稼ぎ主の収入に依存せざるをえない。その結果、税と社会保険料を負担するベースは狭まり、現役労働者1人あたりの税・社会保険料の負担が高まり、社会保険料の事業主負担を回避しようとする雇用主は、フルタイム労働者の追加的な雇い入れをますます渋ることになる」(186)

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2006年7月19日 (水)

GLOCOM・IECPにて発表させて頂きます

7月19日(もう本日ですね)午後2時より、国際大学GLOCOMのIECPにて、発表をさせて頂きます。告知が遅れまして大変申し訳ありません……。どうぞよろしくお願いいたします。
http://www.glocom.ac.jp/IECP/

ところで、最近、また妙に忙しくなってきまして……ありがたいことなのですが、他方で胃腸に軽い異変を覚えたりもしております。まあ、30歳の夏なんて、そんなものなのでしょう(遠い目)。

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2006年7月 7日 (金)

遠方より友来る

私事で恐縮ですが、最近、急速にすべてがどうでも良くなっている。いわゆる「プチ欝」に近い状態やもしれん。
これまで、こういうのはヒマな時に起きることが多かったんだが、いろいろ溜まってるのにこうなるのは初めてだなあ。どーしたもんだか。

突然ろくでもないことを書き始めたりしそうだったので、必要なこと以外は更新しないようにしてたんですが……なんとなく書きたくなってきたので、更新頻度を上げようと思っている、初夏の夜更け。

こないだの週末は、「カルチュラル・タイフーン」という文化研究のイベント(漠然)にお邪魔してきた。イベント自体については、内輪でさんざっぱらしゃべったので、省略。
私は発表などはしなかったのですけども、スタッフや発表者に先輩・同窓生・後輩が数多くおり、いろいろな再会がありました。

特に……シン・ヒョンジュン(聖公会大学校)という、結構よく知られた韓国の文化評論家の先生がいるんですが……最近ソウルでもお世話になる機会が増えている。文化研究の韓国代表の一人でもあって、今回もやって来られました。
彼は非常に「黒い」というか、ニヒリストで皮肉屋みたいな所があるんですが、そんな所が個人的に自分と近い気がして、私のすごく慕っている人。日本の教授陣には、あんまこういう人いないよなあ。

イベントが終わった後日、「何かライブが観たい」とおっしゃるので、ちょうどやっていた「渋さ知らズ」にお連れした。オーケストラじゃなかったから、客はあんまいなかったが、やっぱ良いなあ。渋さ知らズ。
彼らのホームが吉祥寺ということもあり、何となく因縁を感じるグループのひとつ。因縁の淵源の一つである居酒屋「ミシシッピ」は、数年前に閉店になりました。みんなどうしてるのかなあ。たぶん二度と、みんなに会うことはないのでしょうけどもね。みんなはそう思わないかもしれないけど、私は、我々すべての幸福を祈っているつもりです。
出会いの後には別れがある。vice versa。みたいな最近のおれ。相変わらず私事ですみません。

シン先生には……「他人の文句を言うな、お前はお前の道を行け」と言われました。それを聞いた私は、ノーブレインのイ・ソンウに説教された時と同じように、泣き出しそうになりました。やはり吉祥寺と共に、ソウルのホンデという街は、私と因縁があるのかもしれません。何かしらの形で、ケリをつけなければいけないのでしょうね……。ソウル、待ってろよこのやろう。

ええと、やっぱりろくでもない方向に向かってきたので、この辺で……。

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