日本に帰ってきてから、私にしてはかなり忙しくバタバタしております……。
4月1日(日)には、芹沢一也さん主催のセミナーに出席させて頂きます。以下に案内を転載させて頂きます。どうぞよろしくお願いいたします。
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セミナーのお知らせです
参加ご希望の方はkazuyaserizawa@yahoo.co.jp までお申し込みください
折り返し詳細をお知らせします
日時 4月1日 2時~5時
場所 Synodos(東急田園都市線駒沢大学)
定員 6名
費用 1万円(テキスト代含む)
講師 芹沢一也 高原基彰
タイトル 「ネオリベラル権力批判の陥穽」
少年犯罪と若年雇用という二人の研究領域において、90年代後半以降に浮上したトレンドはまったく同型的である。それは高度成長期に社会的な合意を得たパターナリズム、すなわち少年法保護主義体制と会社主義システムの崩壊として生じた。また、そうした崩壊現象に対する評価のあり方と対立軸も一致している。少年犯罪の領域における厳罰化批判と保護主義批判の対立、そして若年雇用の領域でのネオリベラル批判と既得権益批判の対立である。しかも、いずれの領域においても、ふたつの批判の立場はかみ合わないまま、なし崩し的に事態は悪化しているようにみえる。本セミナーでは原理的な次元での議論を踏まえつつ、こうした現状を批判的に読み解くことを目的としている。
芹沢一也 法と秩序、あるいは「法か秩序か」
かつて犯罪を起こした少年は一面的な保護の対象であった。だが、97年の酒鬼薔薇事件以降、そのような保護主義は説得力を失い、少年への望ましいとされる処遇が保護から厳罰へと転換した。こうした動向に対する厳罰化批判は、犯罪被害者の応報感情を抑えることができない。とはいえ、保護主義批判も刑事政策的な合理性と齟齬をきたしている。両者の批判がまったくかみ合わないなかで、問題は刑事司法と防犯活動へと拡大され、現在、社会の全域でセキュリティへの意志が暴走している。M.フーコーのテクスト「レモンとミルク」を参照しつつ、「法と秩序」の問題として現状について議論してみたい。
高原基彰 構造改革と「ふたつの墓堀人」
小泉政権以来、本格化した構造改革をめぐって、ふたつの認識が対立している。一方には悪しき市場主義の一例だとするネオリベラル批判、そして他方では市場を疎外してきた非合理性の是正だという既得権益批判。否応なしに進む構造改革に対して、既得権益批判を全面化するのはもちろん危険である(正社員制度そのものの否定)。だが、単純なネオリベ批判を行なうことによっても、過去の雇用システムがノスタルジーとして呼び出されるだけである(正社員への強迫的な憧憬)。それではいま必要な作業は一体何か。官僚制と個人化という社会学の概念を踏まえて議論してみたい。