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2007年7月 3日 (火)

角田房子,1993(=1988),『閔妃暗殺――朝鮮王朝末期の国母』新潮文庫. & 河信基,2004,『朴正熙――韓国を強国に変えた男』光人社NF文庫.

私信なんですが、5月に日本で買ってきたPCに、メール配信の不調があるようです。ランダムに?届かないメールがあるらしく……。先日少しだけ再度一時帰国した際、知人たちから聞いて判明しました。半々くらいで届いてるみたいだからタチが悪い……。

もし返信不行き届けなどございましたら、大変お手数なのですが再度ご連絡を頂ければありがたいです。受信の方は問題ないようですので……。
しかしそれ以外でも、家を空けることが多く、こちらでは研究室もないため、どうしても返信が遅れがちになりまして……すみません。

ところで。
前回書き忘れたのだけど、たとえば韓国について、「歴史の動き」みたいのに対する想像力を働かせる本というと、この二冊が思い浮かぶ。
形式的にはノンフィクションで、微細な誤りや論争点をあげつらうような批判も多い本だけど、そういう問題じゃなくて巨視的な「動き」をガッと把捉させることに真骨頂のある本、というか。どこかでまた講義とかやらせてもらえるなら、こういう本を読ませたいなと思う。

翻って例えばここ韓国で、日本の、特に戦後の「動き」を把捉させるのに読ませたら良さそうな本というのが……全然思い浮かばない。知り合いの先生とかに聞かれても、返答に困る。ミクロな領域についてならいろいろありますけども……。
それは、当たり前なんだけど、ぶっちゃけ日本が韓国よりはるかに先んじて先進国だったのであり、複雑な過程を経てきたということでもあるでしょうけども……。でもそれ以外にも、当該国にローカルな、外部から見れば「まったくどうでもいい」問題――でもそこにはいろいろなタブーが介在する問題――を、ある程度度外視して書くには、外国語圏じゃないとできないのかな、と思ったり思わなかったり。

『<民主>と<愛国>』が稀有な例外なのだけど、翻訳版があったとしても、ちょっとハードルが高そうな感じがしなくもない。
拙著『不安型ナショナリズムの時代』も、書いた当時の本人の意志としては、そういう本になれば良いなという関心があるにはあったのですが……まあ今では反省点もいろいろあったりして。次作がそうなることを祈ろう。いや祈ってる場合じゃなくてどんどん書かなきゃ(爆)

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