2006年5月25日 (木)

頂いた反響

最近、私としてはやたらめったら忙しいです……うう……。ほとんどの仕事場に自由に使えるPCがない関係で、遅く帰ってネット接続する気力がなくて……。いろいろ書き進めないといけないから、もっと活用したいんですが……。

本田由紀さん、内田樹さん、稲葉振一郎さん、増田聡アニキに頂いたご書評を、貼らせて頂きます。ほぼ時系列順です。お褒めもご批判も、刺激になります。感慨を言語化するのは、追い追いとさせてください……。

http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/20060517
http://www.tatsuru.com/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/1661
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20060413
http://d.hatena.ne.jp/shinichiroinaba/20060504

http://d.hatena.ne.jp/smasuda/20060411

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2006年5月17日 (水)

師弟の情とは、複雑なもので

ちょっと遅いくらいなのですが、拙著に寄せて頂いたコメントをいろいろ拝見しました。教えてくれた人々に感謝。
そんで非常によくあるのが「姜尚中の弟子だから」云々というもの。「なるほど納得」とか書いている(笑)のが、よくある。大体の場合、そこで何に「納得」しているのか、具体的な言及はさしてない。要は「知ってる名前がたまたま出てきた」という以上の意味はないのでしょう。

漠然とだがまだ分るのは、「韓国・中国のことを誉めて、日本のことをけなしているのが気に食わない」という意見。それが「姜尚中的」なんだそうである。
確かに拙著の結論部には、ごく限定されたある意味で「韓国や中国の方が今の日本よりマシだと思う」と書いてある。でもその他の大部分は、どう見ても「三ヶ国は同じ問題を抱えている」という主旨で書いてあると思うんだけどな。

特にポスコロ期の姜さんの著作には、「韓国や中国のナショナリズムに甘い」と言われても仕方ない部分があったと思う。というか、その意味で彼よりよっぽど問題ある例は、露出してないだけで、他にいくらでもあるんだけど。
そう思うから、私は拙著で、それと全然違うこと、というか結構批判的なことを書いたつもりだった。正直「もしかしてモメたりしたらどうしよう」とか思ってたし、出版にあたって推薦文とかそういうのも一切頼まなかった。

すでに脱稿して本が出た頃、丸一年ぶりくらいに会って話す機会があった。その時、姜さんと自分の関心が、最近共通するようになってきていることを知って、正直ちょっとびっくりした。
ざっくり言えば、今となってはナショナリズムそれ自体を良いとか悪いとか言っても仕方ないこと、日本のナショナリズムと韓国のナショナリズムを原理的に区別することなどできないこと、そういう議論が無効になっていった背景には「開発体制とその変容」みたいな歴史的推移があること、などなどである。
それを聞いた私には、うれしいような、悔しいような、微細な個人心象ミニドラマがいろいろありました(笑)。これも姜さんだけじゃなくて、「やっぱみんな似たようなこと考えるもんだなあ」と思うことが、最近よくある。そんで、私なんかよりずっと優秀な「みんな」がたくさんいるので、このごろ自己嫌悪気味です。

ともかく、なのに「なるほど納得」とか言ってる人がいるのは、よく分からない。もしかして、一応「弟子」の私も知らなかった、彼の最近の変遷を、くまなくチェックしているんだろうか。すごいもんですね。おれ、否定にしろ肯定にしろ、そこまで彼に粘着するつもりは、ハナからないんで。はい。
もっと重要なご批判については、また追い追いに……。

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2006年5月15日 (月)

内部労働市場とシリコンバレー

ものすごい私事で恐縮ですが、最近すごく疲れやすい。いろいろ、やることが溜まってるんだけどな……。
たぶん、肝臓がまずいんじゃないかと思う。大昔に、北東アジアから南アジアにかけて一度だけ大きな旅行をした際、軽度の肝炎にかかった時の感覚に似ている。お酒は控え目に。

ところで、最近漠然と考えていること……近頃、私より年下の世代から「とにかく流動化が(上の世代に)拡大すればそれで良い」という意見を聞く機会が増えている。私もこれまで、そちらに力点を置いて書き物をすることが多かったんだけど……そういう声があまりにも急速に増えているような気がする。
そうなると「そっちはそっちで何かおかしい」と感じざるを得ない。何かの話が、一言でまとめられるスローガンになった時は、大体どこかがおかしくなっているもので……。もうちょっと細かく、いろいろ腑分けしていかないといけないな、という感覚の方が強くなっている。
個別のご批判に答えるのはちょっとアレなのですが、私の『不安型ナショナリズムの時代』に寄せられたご批判のいくつかと、関係のあることだと思います。

最近、サンフォード・ジャコービィ(以下ジャコビー)の『雇用官僚制』という古典的な本をようやく読んだ(ノート取ったらもう一度ここにメモを書くと思うけど)。
この本は、会社に囲い込まれる形の「内部労働市場」というものの歴史的な登場をつぶさに追ったものなのだけど……
19世紀末のアメリカでは、有象無象の労働者の群れの中から、「職長」という立場の人々が、個人的なコネとかで駆り集める「駆り立て方式」が主だった。
手工業から工場労働への転換期、この方式の非合理性を指摘する、労働改良家みたいな人たちが出てくる。この人たちは、別にただの慈善家だった訳じゃなくて……「駆り立て方式」に対する異議申し立て、つまり組合運動が激化していくのを見て、組合の要求する賃金標準化とか出世ルートの整備とかを、会社の側が先取りしないといけない、というのが彼らの主張だった。
労働組合、大企業、そして外部の専門家たちの、いろいろな意図がこんがらかり、また第一次大戦による政府介入なども加わる中で、「内部労働市場」が形成されていく。

彼の論点は他にもいろいろあるんだけど、とりあえず置いといて……ジャコビーは、注意深く、この図式は主に「非耐久消費財の製造業」から導き出されたものだ、と留保をつけている。
一昔前の英米の労働研究者たちが、日本にとりわけ入れ込んでいたのは、こういう「資本と組合」という、あちらの伝統的対立項を止揚するものとして登場した「人事管理」の、一種の完成形がそこにあったからでしょう。
「内部労働市場」は、ただ単なる既得権益の温存じゃもちろんないし、それ以前の「駆り立て方式」に戻れば良いという話でもないということで(近年の人材派遣会社のやり口とかは、むしろこちらの危惧を強めるものだし)。

たぶん考えないといけないのは、団塊批判とかじゃなくて……現在だったら、当の「非耐久消費財の製造業」こそが中国との競争の舞台になったりしている状況、でしょうか。ジャコビーの描いた当時のアメリカでは、移民は流入してきても、製造業がどこかに流出して行くこととかはなかったんでしょうしね……。
また歴史的に見るんだったら、たとえば、ジャコビーの取り上げてる当時のアメリカみたいに、「資本と組合」のダイナミックなやり取りが、果たして日本であり得たのかどうか、みたいなこととか。昔の左翼が正しいとは思わないけど、それなしに日本の事例とジャコビーとかの議論を同列に見るのも、やっぱり違うでしょう。そういう研究あるのかなあ。「総力戦体制論」とかは視点がやや違うと思うし……大正期に詳しい人とかに教えて欲しい今日この頃。

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他方で、私が「創造性で稼げない若者の苦悩」という論考で考えたような、転職してキャリアアップしていくみたいな働き方は、明らかに……80年代以後のアメリカのシリコンバレーをモデルとするものでしょう。
これはジャコビーの「内部労働市場」みたいのとは、かなり異質な所から生まれた働き方で、基本的に別口で考えた方が良いものだと思う。
拙著で大々的に引用した、ピーター・キャペリの議論(『雇用の未来』)とか、あとロバート・ライシュ『勝利の代償』とか見るに、このモデルは狭義のIT産業とかだけじゃなく、かなり広く行き渡ったように思う。00年前後に『創造的階級』というのがよく論じられていたのも、その証拠なんだろうし。

こっちの方面で考えないといけないのは、こういう動きを担保していたのは、あちらのITバブルであって、それが日本では桁外れに小さい規模で、しかもだいぶ性質の違うものとして起きた(『ウェブ進化論』他)ということでしょう。
ITバブルが「結局バブルだったからITなんかダメだ」とか言ってても仕方ない。そこから「非耐久消費財の製造業」に戻れば済むはずもない。
80年代後半から90年代前半に、「何がどう間違いだったのか」を、「バブルに浮かれてた」とかじゃなくて(笑)細かく検証することは絶対に必要だと思う。個人的に今作業しているのは、この点。たぶん。

何が言いたいかというと、要するに、「内部労働市場」と「流動性」を直接の対立項として仕立てあげ、それぞれを弁護する党派を形成するんじゃなくて……
両者はもともと、時代性も、歴史的な成立の過程も全然異なるものなのであって、そもそもその両者がなぜ、今の日本で「混在」せざるを得ないでいるのか――みたいな所から話を始めないと、仕方ないような気がすると。
たとえば、コンテンツとかITとかで起きてる、最近の就職・労働事情のおかしさも、全然理念の違うものを、「製造業」の理念に押し込めようとしている、とか言えば整理できそうかな?いや、こう書くとつまんなそうなんですけどね……。

そして実は、この間に経済学ではない政治学的な主題もいろいろあるはずで……
たとえば、韓国の社会学に通底するモティーフは、当の「資本と組合のダイナミックなやり取り」が、「お話にならないくらい非対称的で、ダイナミックもクソもなかった」というものだと思いますが、要するに「民主化」みたいな要因がこの間に噛んでいるはずで(私は日本にも当てはまることだと思っているけど)……たぶんそちらも合わせて考えないと、社会学としては成立しない気がする。
いつもながら適当なので、今日の時点で考えていること、ということで……。

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2006年5月 2日 (火)

姜尚中・吉田司,2006,『そして、憲法九条は。』晶文社.

研究室の後輩に風邪を移され、咳など出しながら更新している春の夕方。

ところで、姜尚中という人は、大学院における私の指導教授であり、大学の世界では普通に「師匠」という言い方をする。
といっても、何か直接「指導」してもらったことなんてほぼないし(笑)、単著にしろ雑誌にしろ、仕事に口をきいてもらったことも一度もないし……というか、私が彼の「弟子」になってから、早いもので8年近く経ったのだが、その間に二人きりで話したことなんて7-8回しかないし(笑)。ちょっと前までの日本の大学院というのは、大体どこでもそんな雰囲気だったんじゃないでしょうか。良くも悪くも。
なので、そうでなくとも当然のことなんですが、とりあえず私と彼は「別人格」ということでお願いできないかと思っている、今日この頃です。はい。
彼の著作や来歴などについても、私なんかより、コアなファンの方々の方がよっぽど詳しいと思います。

私が知っているのは……彼は「在日」&「左翼」という、今の日本で評判の悪い二大カテゴリー(笑)の代表選手のように思われているけど……本人はそのイメージとかなり遠い所にいるということです。
たとえば、(あらゆる社会に存在するものの一例としての)「在日社会の暗部とか嫌らしい部分とか」、あるいは「左翼の良心の空回りとか理想主義とか」があるとすれば、彼ほどそれらを「知り尽くしている」人はいないと思う。
たぶん「弟子入り」した頃の私は、「さまよえる良心」(by宮台氏)をどこかに抱えていたんだと思うし、「在日」で「左翼」の「師匠」にその充足を求めていた所があると思うけど……実際会った彼は、党派の論理で言う所の「そちら側」に対し、「右側」な人々に対するよりもっと、こき下ろすことをよく言って、通過儀礼のようなものを施してくれた。

彼の(比較的)近くにいて、いろいろあった間、私が考えるようになったのは、「自己否定」をどこかに含まない人の言うことは、絶対に面白くないということです。
私が見るところ、彼は「在日二世」と「団塊世代」の奇妙なハイブリッドであり、その両方の特徴をふんだんに持っている。
そして……自分でも、その両方が嫌で嫌で仕方ないのだと思う。だけど自分の一部だから、大事にしたい部分もある……みたいな感じ、気障に言うと「引き裂かれた」感じ、みたいのを姜尚中には二重三重に感じた。

そう感じて20代を過ごしてきた私は……自分の外にだけ敵を見出して「左翼」とか「右翼」とか呼んで批判する思考回路を、その内容の如何問わず、なんか受け付けなくなってしまった。
左右だけじゃなくて、非常によくあるのは、社会の中に、何かの小集団があって――「マイノリティ」でもいいし「若者」でも「ネットやゲーム」でも「○○世代」でもいいんだけど――その小集団の「味方をするか敵になるか」いずれかを自己目的にする形の語り口。
前者は、言い換えれば「自己弁護」であり、要するに「おれたちは間違ってないということを、なぜみんな分かってくれないのか」という感情に突き動かされているような議論であり、形を変えていろいろな所にあると思う。
それが逆向きに転倒すると、何かの小集団(かつて当人がいた場所であることも多い)を、躍起になって、妙な上位価値を振りかざして難癖をつけるような議論になる。両者の構造はほとんど同じだと思うんだけど、その間で妙な党派争いが繰り広げられることになる。

さっき書いたことを言い直すと、「在日」とか「左翼」とかいう小集団の中から、外に向けて「自己弁護」するだけの議論の不毛さを、誰よりも知ってるのが彼だと思う。そういう身振りをする時、しないといけない時はあるんだと思うけど……。
「自己弁護」してもしょうがないことを知りつつ、自分の置かれた状況から何か発言しようと思えば、何か大きな枠組みの中に自分を置き直していくしかない。
私は、会社(への就職)に育まれた「中流意識」と、社会から遊離した逃げ場をもたらしてくれるかに見える「文化の領域」の二本立てで、両者がどこから来て、どういう社会的な帰結をもたらしてきたか……みたいなことを考えながら『不安型ナショナリズムの時代』を書いたのですが、それは私を「引き裂いている」二つのものがそれだったからで……。
その時に、「いまだに中流意識を持っているのは単なるバカだ」とか、「文化に踊ってる若者はバカだ」とか、逆に「中流意識は大切だ」とか「やっぱ文化は素晴らしい」とかいう形でないように、論じようとしたつもりです。
それは同時に、76年生まれの、日本人で、郊外育ちで、「4年間くらい吉祥寺をぶらぶらしてた」(笑)等々のいろいろを、置き直すことのできる枠組みを探すことでもありました。あの本を買って下さってるのは、比較的若い年代の方が多いそうですが……共感にしろ反発にしろ、その結果見つけた枠組みに反応してくれるということは……うれしいことです。

ダベリがだいぶ続きましたが、この本。題名は、あまり内容と関係がない。一般的に姜尚中は、カルスタ・ポスコロに一時期入れ込んでいた頃のイメージで捉えられていると思うけど、それ以前の彼は、政党政治とか政治経済学とか社会変動論みたいな……要するにかなりハードな語彙で語る人でした。
私は明らかに、その頃の彼に強く影響を受けているんですが……この対談は、ポスコロの深い所を通過して、その路線に立ち戻った感じというか……とにかくめちゃくちゃ面白い。タイトルうろ覚えのまま、周囲の人によく勧めているんですが……この本です(笑)。もう長くなってしまったので、内容については追い追いに……。

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2006年4月28日 (金)

4/27・朝日新聞夕刊に取り上げてもらいました

ありがたいことです。ちなみに20面(文化面)です。はい。自分で写真を見て思ったのですが、おれ、ここ1年くらいでほんと老けたな……。でもカジュアルな服装してれば、もうちょっと若く見えます(必死)。

その、老けた一番の理由が、先ごろ上梓させて頂きました『不安型ナショナリズムの時代』です……。ほんと大変だった……そして助力をくれた周囲の友人たちに、改めて感謝する次第です。
特に……同僚の「AM君」こと新雅史氏には、あの長い草稿を二度三度と読んでもらって、綿密なコメントをもらった。持つべきものは友達ですね、ほんと。ちなみに新君は、「論座」の4月号に「フィットネス化する社会」なる論考を発表しておられます。

そしてこのブログは、私が現在書いているもののメモを、完全に自分用として(笑)書く場所だったのですが……「せっかく著書を出したんだから、少しはそれについて書け」と、周囲からしばしば助言を頂きます。
ここ数回、なんか大仰な書評をいろいろ書いているのは、現在書いているものがそんなものだからなのですが……ちょっと中断して、次回から、その『不安型ナショナリズムの時代』について何か書こうかと。

私の考えていることには、当然ですけども、私の個人的な体験がいろいろ背後にあります。それを個人的な体験としてそのまま書くのは、まあ余り意味のないことだと私は思いますので……他者と共有可能な形にするべく、一般化・抽象化して書いたのが、その本です。
それが「抽象的過ぎる」というようなご批判を頂くこともある訳ですが……はっきり言って、私の20代のすべてがあの本の中に入魂されているのであり、ある意味私は、自分で作ったその圏域から、一生逃れることはできないのではないか、とすら思います。
それは多少の不安感を伴う感情だったりもするのですが……ともかく、そこに書いたことの背景にあるいろいろな事情を、多少はちょこちょこ書いていったりしようかなと。
自分語りは全然好きじゃないんですが、今回、いろいろあった会話の中から、インタビュアーの方がそういう部分を大きく取り上げて下さった……という事情からしても、ルーツに立ち戻ることは必要なのかもしれません。ちょうど、もう一人の師匠から、似た主旨のアドバイスを受けている所でもありますし……。やっぱり結局は自分用のメモで、恐縮なんですけども。はい。

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2005年10月19日 (水)

Seabrook, Jeremy, 1985, Landscapes of Poverty, Basil Blackwell.

どう考えても不可能なスケジュール。おれの当初の計画が悪いし、その後の進め方も悪い。徹夜一回二回じゃどーにもならんな。今夜半あたり神の光臨を待つしかない29歳の秋。

それはともかく、「豊かさの副作用」としての「新しい貧困」を執拗に描くこの本。割といろいろな所に引用されているので、たぶん有名。「弱者」ではなく、豊かさを享受する層の中にこそ貧困を生むのがサービス産業化であるとする。

とくに若年の事例が多く引かれる。16歳で髪を染め、鼻ピアスをし、ストリートに飛び出して、18歳でシングルマザーになって実家に帰ったミシェル。いま彼女は、流行おくれのポップスターのポスターが貼ってある部屋で、無気力にたたずむのみである(このくだりは渋谷望『魂の労働』に引用されている)。
また地方からロンドンに出てきて、ファッション店で働いているシャロン。「モデルみたい」な同僚たちと、音楽の流れる職場で、うれしそうに仕事をしている。でも彼女は朝の7時半から夜の7時半まで働いて、わずか20ポンドしか受け取っていないのだ。

昨今の日本のフリーター論とかの「元ネタ」かもしれない。でも、英語圏でこれが出たのが1985年であるという「20年のタイムラグ」には本当に目の眩む思いがする。一体何なんでしょうね。

大枠としては、「労働者階級の変容」というカルチュラル・スタディーズのモティーフを採っている。親世代は工場労働者で、エンゲルスが描いたような機械労働の悲惨の中を生きてきた。彼らから見て、工場じゃなくオフィスや店で、ドロにまみれたりしないサービス労働は、当初「解放」と見られた。
また労働者も文化商品を手に入れることが可能になったし、経済構造としてそれが求められるようになった。消費も「解放」だった。でもこれらは両方でも「罠」だった、というお話。

もともとカルチュラル・スタディーズというのは<まさにこのこと>を論じようとしていたものだと思うのだが、90年代に日本へ流入したきた時には<見間違えることすらできないほど完全な別物>になって今に至っている。
というか英語圏でも、ある時期以後のカルスタは、「文化」に変な期待をかける方向に突っ走っていくしかなかったみたいだなあ。

黒人ゲットーの調査をしている社会学者のウィルソンは、60年代的な「ブラックパワー運動」が、ある時期以後は、経済的再分配という真の問題から目を逸らす役割しか果たさなくなっていて、今となってはかえって有害だみたいなことをよく指摘している。
この手の、「正当的」「公共的」とか、あるいは「道徳的」「内面的」「伝統的」とかのもろもろが、おしなべて<結局シゴトとオカネ>に回収されていくのが今の世界。それはたしかに気持ちが悪い。
でもそれを批判しようとすれば、どこかで「そうじゃないもの」を措定せざるを得ない。特に今の日本では「そうじゃないもの」が<やたらめったら満ちあふれている>けど、それは絶対に、新種のミシェルやシャロンをどんどん生んでいく役にしか立たない。「あなたはシゴトとオカネの話をしているけど、それではシゴトもオカネも生まれませんよ」という形でしかもう論を立てられないことを、とりあえず認める必要がある、ということなんだと思う。

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