2007年7月11日 (水)

「ホンデ前クラブ街10年史実録」Bling(23号= 2007年1月), 34-45

私はソウルの地下鉄二号線沿い、弘大入口(ホンデイプク:略してホンデ)という街に住んでいる。いくつかの場所でもう書いたことだけど、ホンデは、90年代半ばのグローバルなサブカルチャーの流入に伴って、若者文化の中心地となった街。

このホンデについて、改めていろいろ調べているんだけど、まあ手始めにこれ。基本的なことしか書いてないけど……。Blingというのは、ホンデとかアプクジョンとかのオサレなカヘとかクラブとかに行くと置いてある、「バウンス」状のフリーペーパー。内容は音楽・ファッション中心。

初期に、韓国における開発独裁と文化規制の歴史とのつながりで「文化を通した自由」がナイーブに存在していたフェイズは、2002~3年くらいにかけて多少変質し、文化政策みたいのと関わりを強くしていくようだ。確かに私の個人的記憶でも、2002年くらいから、ここは街路整備とかの動きが目立つようになった。
そして現在のホンデはといえば、ヒップでちょっと敷居の高い街、サブカルチャーの危険なオーラと快楽の両面を持つ街、みたいなかつての特徴がほとんどなくなって、酒飲む店ばっかりが増えて、明洞(ミョンドン)と変わらないくらいに混雑するようになった。90年代末には、人なんて全然いなかったのに。

そうなった背景には、政府がここを文化政策の一環としてテコ入れしてきたことが明らかにある。文化政策の強いお国柄なので……。その動きは今でも続いていて、つい最近には外国人(主に日本人ね)向けの観光案内所ができた。何ちゃらというTVドラマの舞台だったからだそうで。

そんで、仁寺洞(インサドン)とか、そういう公的テコ入れの決定した地区の多くに共通することだけど:
→地価が上昇する
→文化地域指定の理由になっていたもともとの文化の担い手が、地価を払えなくなる
→大衆化に成功したいくつかの文化施設以外は消えていく
  同時に、酒飲みの多い韓国で高い地代を払える数少ない業種である、酒飲み屋ばっかりが増えていく

という、笑えないパターンがある。「韓流」と日本の中高年女性の主体性がどうしたこうしたという話とは、まったく別次元の問題がいろいろある。ホンデも中高年女性の巡回経路の中に組み込まれているみたいですけどね。

現在のホンデでは、古参の住人(この記事書いてる人々もそう)が、こうした「大衆化」を、やや文化エリート的に嘆きつつ、現実にはかなり非情な利潤の論理に貫徹される街になりつつある。
私は、行き場のない人々が単に集まって逃避所的共同体を形成するだけの「サブカルチャー」には、全然興味がない。ちょっとだけ吉祥寺に引き付けて書いたことだけど。
90年代末のホンデには、今考えれば本当にしょうもないこの手の「サブカルチャー」が蔓延していたことも確かで、それにノスタルジーを感じてても有害なだけだと思う。あと、今に至ってもまだ「文化を通した自由」みたいのにノスタルジー感じてるのも、あんまり良く理解できない。
それは、こっちの文化評論家とかがしばしば陥るパターンで、この記事もそう。実際にシビアなお金の論理で活動してるミュージシャンとかの実践者と、文化評論家や雑誌記者は、こっちでは仲の悪いことが多い。

でも、本当にただこっちのバカ大学生が酒飲んでゲロ吐くだけみたいな店が増えて、残る文化施設は大手資本とつながってる所だけ、みたいな状態になるのも、どうなんかなあと思う。そういう所からは、『グローバリゼーションと文化変容』所収の論文に書いたような動き――「創造性」を元手にした新しいライフコース・モデルっていうの?――も、今後は一切出てこないことになるだろう。それは逃避所的共同体よりタチが悪いけど、現実の動きはこちらに近いと思う。

じゃ、どうなん?日本と比べたらどうなん?みたいのが、短中期的テーマその一。

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-年表:
・1992年:「作業室の形態を取るバー“発電所”が登場する
 バーで音楽を聞きながら自由に踊るこの場所は、ダンスクラブの母胎となった。DJサンシャインはここの出身。現存する最高齢のクラブである“スカ”も1992年にオープン」

*どうでもいいけど、この「スカ」というクラブは、たぶんつい最近潰れた。結局一回も行かなかったなあ。「発電所」からは、今でも大手クラブでやってるようなDJ第一世代の何人かが輩出されたそうだ。

・1994年:「音楽専用鑑賞室ドラッグが、“インディ”、“アンダーグラウンド”(の理念)を掲げてホンデ前に登場する。ジャジャーン!
 1990年代初頭、シンチョンの大学街を中心に発生していたロックカフェは、政府の集中取り締まりと、ライブ公演の不法化に直面した。ロック音楽の演奏者たちの活動舞台は、シンチョンから消え去り始めた。シンチョンから追い出された音楽空間が、荷物をまとめて真っ直ぐ向かったのがホンデ前!シンチョンに近接していたのはもちろん、(今とは異なり)家賃が安くて、用途転換の容易な“準住宅地”だったためだ。ライブクラブ“ドラッグ”がホンデ前に巣を作ったのがまさに1994年7月のことだ」(34)

・1997年:「<子犬文化芸術>、<インディ>などのインディレーベルと、インディ音楽専門誌<ファンジン コン>登場
 “コーダ”、“マスタープラン”、“スラッガー”などのライブクラブも続々と発生。この時登場したマスタープランは、ヒップホップのライブクラブで、アンダーグラウンド・ヒップホップ・ミュージシャン養成の中心地となり、音盤製作作業にまで関わって、“ジュソク”のようなミュージシャンを大衆の知る所としつつ、現在韓国ヒップホップシーンの重要レーベルの位置にある」

・1999年:「圧迫されてきたライブクラブが遂に合法化!そして……
 ホンデ前文化の先頭走者であるライブクラブは、ことごとく不法業所取扱に当たっていた。“一般飲食店では二人以上の演奏団が常時公演することができない”という食品衛生法施行令のため。合法的に公演をしようとすれば、クラブは遊興接客業として登録しなければならないが、そうすると途方もない税金と取り締まりという不利益を甘受せねばならなかった。ゆえにライブクラブは連帯を組んで闘争を繰り広げることとなった。ついに1999年、ライブクラブが合法化されても、相変わらず不合理な点は多かった。曖昧模糊な基準によって、公演を見たり踊ったり酒を飲んだりする行為は、今でも不法と見なされている」(34)

・2000年:「500~1000名の参加するパーティが登場する。パーティシーンの本格化の始まり
 Sickboy Promotionが海外の有名DJを招請するパーティを開催しながら、パーティの規模が大きくなり始めた。“クラブ入場料”の概念も、この時発生した。入場料がなく、自由に出入りすることのできたクラブは、当時5000Wの入場料を出せば1 free drinkと交換できた。パーティプロモーターの登場で、外国のクラブのように、入り口でチケットを切る“入場料システム”が出来始めたこと。
 2000年1月、テクノクラブだったnbinbが、ヒップホップクラブnbへ換わったが、クラブを開いた“ソテジワ・アイドゥル”のヤン・ヒョンソク社長【YGエンターテイメント代表】の名声により、多くの人々がクラブを探し始めて、ダンス・クラブ・シーンで本格的にヒップホップクラブが注目を集めるようになった」(34)

*このnbっていうクラブ、週末は本当にクラブ全体が満員電車みたいに混雑している。何が楽しいのかよく分からない。

・2001年:クラブデイ開始(35)
・2002年:「クラブ連帯」発足、ワールドカップ路上公園の成功、ホンデの路上フリーマーケット開始
・2003年:「クラブ文化協会」発足
・2004年:サウンドデイ開始
      Bling創刊

*「クラブデイ」というのは、月に一回、一軒分の入場料を払えばホンデ内のクラブほぼすべてが行き来自由になるというイベントで、すっかり有名になり、今となってはこの日になるとホンデの街全体が満員電車並みに混雑する。うざい(笑)。「サウンドデイ」はそのライブハウス版で、「クラブデイ」ほどはメジャーじゃない。

・2005年:「B-Boying, デザイン、グラフィティ、VJingなどを青少年に教えるクラブ文化教育プロジェクト実施、B-Boy Parkとソウル・ワウブック【?】フェスティバルが開始、ケーブルTVのダンスクラブ関連プログラム登場」

・2006年:「サウンドデイ2周年を迎えて、インディレーベルが総集合する
 2006年11月に2周年を迎えた第32回サウンドデイは、韓国文化コンテンツ振興会の2006年インディレーベル育成支援製作社に選定された20のレーベルが、一緒にやった。初期にライブクラブを不法とし、圧迫を加えていた政府が、今やこれらを積極的に支援するようになったこと。システムが定着した初期であり、いまだ目に見える効果が現れてはいない状況ではあるが、ホンデ前ライブクラブが認められるための10年の努力が、次第に陽の目を見つつあるということは、大きな意義を認めることができる」(35)

・2006年:「ホンデ前クラブに関心が集中しつつ、さらに多くの人々が集まったが、特定のクラブに集中するという奇妙な現象が発生する。クラブの大型化は多様性が共存していたホンデ前クラブシーンにおいて、小さくても個性のあるクラブが力を失って消える結果を招いている」(35)

-インタビュー
・Bling編集長、イ・ドンミ
 96年末に初めてクラブに行った。「大学を卒業する時まで、ナイトクラブ文化にのみ接してきた私は、他人の視線を意識しないで、踊りたければ踊り、まるで麻薬に酔ったように音楽に心酔する人々の姿に何よりショックを受けたようだった。当時は私が外国の都市にほとんど行く事が出来なかったのだが、“たぶん外国のクラブはこんな雰囲気なんだろうな”という想像を、ホンデ前のクラブを通してすることができた。
 ホンデ前のクラブに初めて出入りした人たちは、外国で勉強して帰ってきた留学生や、その人たちと一緒に来た外国人、ファッションデザイナーなどの専門職従事者が多かった。その人々が先導していたホンデ前クラブの雰囲気は、とても閉鎖的のようでありながらも、開放的だった」(40)

・「メタル兄さんたちは行き場を失いました」ある元メタルバンドのメンバー
 1990年代初頭、「ライブクラブという言葉すらなかった当時、演奏者が舞台へ上がることのできる場所と言えば、チョンノを中心に、年に2・3回開かれていたフェスティバル性の大規模公園がすべてだった」。その当時はその舞台に向けて必死に練習し、実力のある者しか上がれないものだった。しかし96年頃からホンデ前のクラブが出現してからは、上がる舞台が増え、基準がなくなり誰でも舞台に上がれるようになった(38)

-その他の記事
・「ライブクラブシーンの変化、その問題点」
 ホンデから出世していくバンドが増え、それまでマニアたちのものだった音楽を大衆の知る所とした。しかし現在は、オーバーグラウンドを目指すバンドが多く、面白くなくなった。かつてのようなスターもいなくなり、アンダーグラウンドで個性あるバンドは居場所を失い、ライブクラブシーンはこれからどこまで続くことができるか分からない(39)

・「ホンデ前が恋しい日に…」中、「芸術劇場:帰ってきたシアターゼロ、しかし…」
 2004年、ソウル市のホンデ前「文化地区選定」発言で、「不動産市税が、狂った子馬みたいに駆け上った。その上、時代遅れで安いせいで、貧乏な芸術人の作業室となっていたホンデ前の、悪徳建物主たちは、非正常的に値上がった家賃を要求した。約8倍に達した家賃に耐えることができず、ホンデ前の芸術界を守ってきた芸術人や音楽人たちは、違う場所を探して出て行くしかなかった。国内の唯一無二の実験芸術劇場“シアターゼロ”もやはり、産業資本の流入で廃館の危機にあった芸術空間の一つだ」。現在は取り壊されて醜い建物が建っている。その地下にシアターゼロが再入居する予定だが、今となっては実験劇場がその高い家賃を払うことができるかどうかが問題だ(42)

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2007年2月23日 (金)

北京に行ってから東京に戻ります

私は本日、ソウルを離れて北京に向かいます。3月10日に北京から東京へ一時帰国します。4月10日頃を目途に再度ソウルへ戻る予定です。

また間が空いたのにお知らせですみません……。いろいろあった件は直接お目にかかった時にでも……どうぞよろしくお願いいたします。

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2007年2月 7日 (水)

「右側の翼も変わらなければ」ハンギョレ21,06年9月12日号,32-4

先日来韓されたcharlie氏に、いろいろマジ説教されて、いまだ立ち直れない気分の高原基彰です(うそ)。それはともかく、お疲れ様です。大変だったけど、有意義でしたね。やっぱ普段から、調査とかどんどん出向かないといかんな。それも含めて、熱い刺激をもらいました。
……前々回のLife、本田由紀さんすごい。

さてまた間が空いてしまいましたが……
最近、韓国の人文系の話題の一つといえば「ニューライト」。かなり日本の「新しい教科書を作る会」と似ている。これまで主流だった「左派的歴史観」へ再検討を迫ろう、という主旨で。
しかしこちらのニューライトは「反民族主義」であり、取りようによっては「反ナショナリズム」的な側面も含んでいる。実際、「本質主義批判」みたいなポストモダン的思考を、日帝植民統治期解釈にも取り入れよう、とか言ってるのはこちらの陣営で。同じ「保守化」と言ってもベクトルというか文脈が全然違う。

個人的には、「結局同じ土俵に乗っちゃってる感」がすんごい漂うムーブメントで、あんま評価する気にはなれないんですけども……。
一躍この陣営が話題になったのは、『解放前後史の再認識』という分厚い二巻本が話題になったからでですね。つまり日帝からの「解放前後」の歴史を再検討しようと。
下敷きになってるのは、『解放前後史の認識』という、民族主義の強い人(現在の学界の大御所たち)が集って80年代?に出した8巻くらいの叢書で、それへの批判という体になっている。

ちなみに、先々月くらいに、このニューライトの人たちが教科書を作ってみたらしくて、そのお披露目会みたいのがあったんですけども……壇上でしゃべってる代表者に、左派の人が殴りかかって、事後の記者会見で血をダラダラ流していたという。
そんでその数週間後、その二人が「和解して意見の違いを尊重します」とか言って、笑顔で手つないで新聞に出ているという。本当この手の話は、何をどれだけ真剣に取り上げれば良いのか分からない。

この記事は、そのニューライト陣営の主力雑誌「時代精神」の編集者、シン・ジホさんのインタビューです。記事の解説によれば、1998年以降目だってきた「転向386世代」が中心になって発刊された雑誌だそうです。

シン・ジホ氏いわく:

・「盧大統領は就任式で、『大韓民国は正義が敗北して機会主義が勢力を得る歴史だ』と言った。こうした歴史観を(我々は)『自虐史観』と呼ぶ。こうした歴史観によって国政主要課題に「歴史見直し」が出てきた。ニューライト系列の学者たちが<解放前後史の再認識>を出したのも、そのためだ。根元を探ってみれば、70・80年代の大学で読まれた本を書いた学者たちが出て来る。彼らの主張は現在の国の政体運営に甚大な影響を及ぼしている。この人たちの立場から見れば、結果的に『大成功』だったと言える。当時には弾圧されていた良心的知識人の象徴が透けて見えるが、今は大統領の精神世界にまで影響力を及ぼし国情遂行に現実的な力を持っている」(32)

※そんで、カン・マンギル、イ(リ)・ヨンヒ、ペク・ナクチョン、チェ・ジャンジプ、ファン・ワンサンの五人を特に批判したいと。
チェ・ジャンジプの本は、和訳本をこのブログでずっと前に取り上げた気がする。その他の人も結構邦訳が出ている。
イ・ヨンヒ氏は、「世界」の昨年12月号(だっけな)に、主義主張の是非以前に「そこまである論者を神格化するのってどうなんだろ」みたいな取材記事が載っていましたが、その人です。

・当時運動に関わった「大衆」は、マルクス・レーニン、あるいは主体思想をそのまま読んでいた訳ではない。なのでこれらの主義者だったとは言えない。読んでいたのはこうした韓国の知識人たちの本で……「結局(大衆が)この人たちを見ながら『386情緒』とでも言うべきものに形成された」。現在その影響は政治圏だけでなく文化圏にも強いと(32)

※そんで、現在韓国では「歴史究明」の動きが連綿と続いているけども:
・親日派処罰は、当然法【自然法】」ではなく「行為法」の基準で行われるべき。「ある職級以上は親日派」みたいな判断は前者にあたり、誤っている
 「日帝時の高位官僚であったことを指して親日派と処罰するべきなら、維新時代に判事生活をした盧大統領はどうすべきか。『独裁協力司法』で見なければいけない」(33)

……私は自分なりに、彼らの違和感を理解することができる。でも元のものを<単に反転>させる試みは、日本でもあるけど、あんま意味ないんじゃないかなあという感慨が否めない。これもまた追い追いに。

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2007年1月29日 (月)

韓国の革新系メディアの「下品」な対外報道

なんか私生活上の問題がいろいろ出てきて、テンション下がり気味の1月末。

こっちでは今、「ヨウコの話」という本の話が結構盛り上がっている。元々英語圏で出版された、韓国からの日本人引揚者の苦労を自伝的に書いたものらしく、韓国人による日本人へのレイプなどの内容があると。
出版そのものは数年前のことらしいんだが、それがアメリカの中学校か何かの教科書に使われたことから話題がヒートアップして、ものすごいバッシングが起こっている(いつもそうだけど、うろおぼえで適当に書いているので、詳細は皆様でお調べ下さい)。
「アメリカ人の子供に韓国について間違ったイメージを与える」「そんなことある訳ない」「日本人の方がよっぽど悪いことしたのになぜそれを書かない」「歴史歪曲だ」云々。

マスメディアの中で、そのバッシングを最も熱心に行っているのが、ハンギョレ新聞。韓国の全国紙の中で唯一の「革新系メディア」であり、日本でもよく韓国の新聞界の「唯一の良心」みたいな言われ方をする。だけど、この件でも……

例えば『レイプ・オブ・南京』が出た時に、日本で、著者の細かいプロフィールを根掘り葉掘り書いて個人攻撃するとか、「結局中国系はこうだからダメだ」的な一種の人種主義的解釈とか、私の価値観で言えば「下品」な論評をものすごい積極的にやっていたのは、保守論壇誌だった。
そんで韓国では……こと対外問題に関して言えば、そういう日本の保守論壇誌的な(?)「下品さ」に対応するものは、どう見ても革新系のメディアに多い。もはや単なる著者への憎悪としか思えないことを、「正義の鉄槌」とでも言わんばかりに延々と書いている。

例えば北朝鮮の核ミサイル実験の時も、「この核実験で一番得をしたのは、日本の極右政権とアメリカの軍事偏重政権である」とか、コラムじゃなくて記事の地の文に平気で書いていたのが、ハンギョレ新聞。
歴史問題になると保守メディアでも同じようなものなのだが、保守派メディアは、現政権周辺に強い反米・反日主義を批判したいだけだからにせよ、対外報道については「比較的マシ」な気がする。代わりに国内の盧武鉉政権について、ひたすら「下品」なことを書いている。また機会があれば追い追いに。

いちいち微細な事実をより集めて、本の内容に相当するようなことが「あった」「なかった」という話には、他の話題と同様に、個人的には全然興味がない。でも「何で『革新』の理念がこういう方向に行くんだろう」というのはもうちょっと考えた方がいいなあ、とかぼんやり考えている。『不安型ナショナリズムの時代』で書いた「玉突きモデル」ですね。

そういういろいろを、「植民地と被植民地の違い」だけで全部説明することができた時代は、もうとっくに終わったんだと思う。こっちではその路線に乗って発言してる人のものが、ハンギョレ新聞へ毎日のように翻訳されているんですけれども(笑)……この論理は「比較」という視点を拒否するものであり、現在の日韓中がそれぞれの自発性をもった、対等なパートナーであるならば、有効な分野はかなり限定されると思うんですけどね。

そういう日本人の論者が、「良心的日本人」としてこっちで持ち上げられてたりする現状は、内実のある対話を妨害しているとしか思えない。そういうことを表立って言っても、日本の文脈では「おれ自身が保守化してる」としか思われないんだろうし、逆側の全然関係ない人に「味方」とか誤解されもしそうだし、どうすればいいんでしょうね。本当。

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2007年1月25日 (木)

「この3年間、韓国の経済成長率は世界平均にも届かなかった」週間朝鮮9月11日号

前回のエントリは、他者攻撃をし過ぎた感じがある。かっとなってやった。今は反省している。
さて更新をさぼってたので、その間に読んだものとかいろいろ書いていこうと思っていてですね。その1。

韓国は不景気の真っ最中なので、特に経済系では暗いニュースが多いです。しかしこういうニュースも、客観性のあんまないものが多く、きれいに政治的色分けに沿って報道される。保守系メディアは(この週刊誌もそう)、結局の所「盧武鉉がダメだ」と言いたいだけで、文句のネタに経済問題を使っているだけの場合が多い。

そういうのは割とどうでもいいんですが……なんか普通に人と話してても、「先進国にならないといけない」みたいな話がすごく多いんですね。まだ韓国は先進国じゃないという。
この記事は韓国の構造的不況が長期化していて云々というものなのですが、「専門家たちは、韓国が『中進国病』にかかっているのが根本原因と見ている」と。

-ソ・ウンデ・ソウル大教授教授:「投資心理と消費心理の萎縮、自分の分け前のみ求める利益集団の欲求噴出、諸経済主体の間の葛藤など、所得1万ドル水準に至った時の中進国病が韓国に現れている」
-「中進国のジレンマは、国内的要因だけでなく、国際的な要因が同時に作用して発生する。中進国は先進国と後進国から同時に挟撃される位置におり、賢明に対処すれば先進国へ上ることになるが、そうでなければ後進国へまた転落する」

-他の東アジア諸国より成長率が鈍化していることを挙げて:「これは、『朴正熙式成長モデル』で40余年間やってきたが、今ではそれが限界に来たことの証拠だ。新しいモデルがが切実に求められる時期だ」
-イ・ジェミン延世大教授:「この40余年間、韓国経済は4回の契機があったが、3回目では新しい成長動力を見つけて高度成長につながった。しかし最後にやってきたIMF外貨危機は、いまだ新しい成長動力を見つけることができず、低成長と両極化構造が固着化されているようだ」

-「専門家たちは、過去の韓国経済の長所だった活力を取り戻すためには、諸経済主体にリスク(危機)を甘受させるべく、関連制度を整備する必要があると主張する。しかし現代韓国社会は、敗北主義に陥っているという分析が支配的だ」
-チャン・ジェチョル・サムソン経済研究所主席研究員:「外貨危機に遭った後の韓国社会では、『高リスク-高収益』モデルがタブーとされており」「さらに大きな夢を追求しようとするならば、冒険精神を取り戻さなければならない」

後、勤労者の労働意欲も低下している云々。そんで最後は、盧武鉉大統領の分配重視政策を批判して、分配と成長のバランスを考えろと。

こちらでは盧武鉉現政権(左派)に対し、保守派が「企業規制を緩めろ」と主張する光景がしばしば見られる。成果主義とかいうのも、保守派が推奨して、左派は反対と、結構はっきりしている。保守派が過去の総中間層社会にシンパシーを抱いている日本と、ちょっとイメージが違う。
でも、上の記事にもある「成長の原動力」というのが、結局サムソンを初めとする財閥企業しかないから、「企業規制を緩めろ」というのは、結局「財閥支配の弊害とか言ってても仕方なくて、それが韓国式の経済システムなんだからそこをどんどん伸ばさないと」というメッセージと紙一重(この記事は割と違うこと言ってるんだけど)。なので実は日本とやっぱり似ている。

日本と一番違う点は、韓国では労組が強いこと。
私から見てもしょうもないデモをして「成果給として約束したものは全員に払え」とか、訳の分からん要求をしている。ついでに、「労組のせいで使えない年長社員が解雇されないから、おれたちには契約社員の口しかない」みたいな不満も、結構広がっている。
反労組というのも保守派の昔からの主張の一つなんだけど、今は社会全体がそこに同調していっている感じ。それ自体は、はっきり言ってしょうがないと思う。労組とそれに共感する左派は、保守派の主張にドライブを提供するようなことばっかり言ったりやったりしてるから。

日本でも類似のことはあると思うけど、姜尚中の言う「ニューエコノミーと旧体制の野合」というのは、韓国ではかなりあからさまに、目に見えるものになっている。
そういう状況の中だと、旧体制に含まれていた「身分差別」みたいの――「正社員/非正社員」区別とか――に対する、「それはしょうがない」という開き直りの態度を育むと同時に、ニューエコノミー的な「無限競争」とか「自己責任」とかいう原理が、「保護される身分に何とかすべり込もう」という欲求と、ねじれて結合することになる。たぶんその二つは、本来は対照項のはずだと思うんだけど。
いずれにせよ、「保護される身分」のパイはどんどん少なくなっていくから、かなりの人は志願しても入れないのが目に見えてるんだけどね……という、その点は本当に日本と同じことが、こっちでも起きてるなあという気がすごくする。また追い追いに。

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2007年1月22日 (月)

韓国の大学院と社会学についての雑感(というか愚痴)

風邪が治らなくて、延々ずっと体が本調子でない。そろそろ病院行かなきゃダメかも。

私はソウル大学院の言論情報学科という所の交換留学生ということになっている。
しかし……ここには本当に失望した。基本的に英語の古典理論を読むというのが重視されていて、韓国の近代史を教えたりしてる人はすごくマイノリティ(その韓国の近代史も大体英語の資料なんだけど)、という話は前にしましたが……。

こっちでは社会学のヴァリエーションが少なくて、要するに官僚と一緒になって政策立案する人――大体統計を使う「実証派」――と、「それ以外」という感じ。
政治学だったら、東大社会科学研究所みたいなことやってる人も、いるにはいるんだが。

そんで「それ以外」は、まとめて「カルチュラル・スタディーズ」と呼ばれている。日本で言う、ポストモダンも、記号論も、消費社会論も、何もかも「カルチュラル・スタディーズ」として90年代初頭くらいに流入してきた経緯もあって。

問題なのは、この両者が本当にどっちもどっちでですね……
今、若年失業にまつわる研究会というのに参加させてもらっているのだが、「実証派」の人の発表は、教授でも本当に目を見張るぐらい適当で、明らかに当人の脳内の前提条件を多数放置したまま、数字を並べて「対策=政策立案」するのが「実証」とされている。
そうなると容易に予想できる(?)ように、こういう話から出てくる「対策」はほぼ結局、「意識調査」を使って、「若者自身の意識にどういう問題があるか」という問いを立て、「彼らの意識を変えるためにはどうしたらいいか」という話になる。
産業構造の変動とか、中国の台頭とか、IMFの影響とか、そういうことについては「これ実証研究なんで関係ないです」とか「具体的に提言しないと意味がないんで」とか言われて済まされる。びっくりです。

ある先生にそれを話したら、「まあ韓国は、余り深く考え込まないで、どんどん実行に移してきちゃったからこそ、こんだけ早く発展した国ですからね」と言っていたが……
まあそれはそうなんでしょうけども、日本では「もっと実証しろ」という掛け声に一定の妥当性があるが、こちらではむしろ逆で「もっと社会理論とか勉強した方がいいと思うんだけどなあ」という感じ。

そんで後者の非実証派?=「それ以外」なんですが、問題その一は、(カルスタ・ポスコロの全盛期を知らない人には分からないと思うが)スピヴァクとかホミ・バーバとかを今ごろ一生懸命読んでる人――というか読ませる教授――が結構いるんですね。もっとひどいと、ドゥルーズとか読んでる。
別に読むのは構わないですが、そういう話が分不相応に流行した後、結局何も生み出さなかった現場をリアルタイムで見てきた身としては、かなり辛い。

しかも、そういう話を読んだ後、学生の関心が「韓国のナショナリズムとか同質性とか云々」に向く例はほぼ皆無で、大部分「日帝植民地研究」にばっかり行くのも、よく理解ができない。
いやまあなぜかは明らかで、「教授とモメて学位取れない」とかいう事態を避けるために、両者の合意の上で、「安全な話題」を選んでそうなってるんだけど。
そういうの見てると、文系の知識生産の意味、大学院の意味って一体何なんだろう、という疑問が抜き難く湧いてくる。実は若い子の中にも、そういう状況に嫌気が指してて、「本当は韓国社会のこういうのがやりたいけど、今はできないからしょうがない」というのが結構いるんですけどね……それにしても……。本当、精神的に辛かった。

問題その二は、この手の批判的な社会学というのは、民主化運動・学生運動の歴史とものすごく直結していること。何しろ当事者の多くがまだ40代ですから……「ポストモダン」とか「カルスタ」というのと、「全共闘」みたいのが、少なくとも一般的認知としてかなり分離したものである日本とは、イメージが違う。
さっきの第一点も要するに、当事者がまだ社会の主流層として存在しているので、批判できないでそのままタブーになっちゃってる物事が多過ぎる、ということだと思うけど。

追い追い書ければ良いと思うが、何にせよ「知識生産」みたいのと、この「運動の歴史」は、ものすごく直結していて、それは労働運動(というか民主化以後どんどん発言権を増してって今や過剰気味の労組)とかにも直接的にリンクしている。
そんで私は(たぶん同年代の多くと同様に)、歴史的な役割の終わった「運動の論理」が、そのまま残りカスで溜まっていくのは、有害でしかないと思っている。それは後続の人間に、持っても仕方ない妙な正義感とか、自分の得にならない夢とか、そういうのを与えるだけだと思う。

ところがこちらでは、それがまだ「終わっていない」と思っている人が、ある種の社会学科みたいな場所に集中して残っている。一般人の大半は「とっくに終わった」と思っていて、だからこそ民主化運動の到達点としての盧武鉉大統領は支持率が1割しかない訳だが……それを「保守化」とレッテル貼りすることしかできない「知識人」と、一般社会とは、乖離を進めるばかり。そういうイメージ。

私はそういう人と話が合わないので、そうなると先述の「それ以外」派の教授たちの7-8割?(皮膚感覚)と自動的に話が合わないことになる。あくまで社会学の話ですけどね。
私は韓国の大学のものすごい封建制の、ある程度外にいるから、別にそれは構わないんだけど、それより「じゃあここでの社会学って一体何なんだろう」と思わざるを得ない。

この点は日本も同じだと思うけど、「保守化だ保守化だ」とか騒げば騒ぐほど逆効果で、実はその対立項とされてきたものの妥当性が失われていることの方が問題であり、それを一旦直視してから、いかに組み替えるかを考え、「保守化でも何でも、とにかく社会が変な方に行かないように」と考えるのが重要だと思うんだが……。
こっちでは、今実際に一番活動している層が当事者なんで、そういう風にメタ化ができない感覚がすごくする。「マスメディアの保守化傾向に対抗し、『市民メディア』を補強するにはどうしたらいいか」とか、いまだに言っている。
夢の残りカスとしての「絶対善/絶対悪」みたいな観念が、ものすごい影響力を持って残存してて、誰もその軸をずらそうとしない(というか先述の理由で「できない」のもある)。見ててすごいもどかしいし、ホンデの住人が「大学で勉強なんかして何になるんだ」とか言うのもよく分かる。

まあこんなことは、『不安型ナショナリズムの時代』に書いたこととだいぶ重なってるけど……韓国の大学に在籍したのは初めてだったので、本当に驚いたし欝だった。

ついでに言うと、韓国の大学院では、博士課程であっても学生の間は、論文投稿も学会発表も何もしないのが普通。なので「一応まだ学生だけど著書がある」とか、「学生だけど授業を持った経験がある」とか、「学生だけど仕事で書き物がある」とかいうのが、すべてまったく理解できないらしい。要するに対等の人間ではない。
すごいのが、教授の話にちょっと批判めいた質問でもしようもんなら、あからさまに腹を立てること。たぶんこの時点で、おれが「普通の学生」だったらアウトで、半ば放逐扱いになるんだと思う。権威主義って怖いなあ。しかしこんな所から、何か新しいものが生まれるとは到底思えないんですけど。

ここで書いたことの大部分は、「ソウル大学校だから」という側面も多分にあるみたいですけどね。ほぼトラウマ体験でしたけど。良かった、ホンデに脱出して。
実際他の大学にいる先生の中には、普通に仲良くしてもらったり、おれの文章を基に意見交換してもらったり、すごくお世話になってる人も何人かいますし……そういう人たちといろいろできればいいな、と思っている今日この頃。

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2006年11月21日 (火)

二元的政治

私が日本にいる時と大差ない人付き合いをしていると仮定すれば、韓国で日常的に政治の話をする機会は、日本よりもよっぽど少ない。数少ない私の友人(笑)は、日本でも大学関係者か文化関係者が多いから、それほど大きくは変わらないと思うんですけどね。
こっちに来て、人文社会系の大学院生同士でも、そんな話をまったくしないのは、ある意味ショックだった。ここ数年で雰囲気がだいぶ変わった結果だと言う人もいますけども。

だから政治の動向とかいうのは、ほぼマスメディアを通してしか「実感」できない。
そんでそのマスメディアは、日本の「保革」のイメージよりも、さらにはっきりとした「保守/進歩」の色分けがある。国会もそうだけど。
見てると、そもそもこっちで言う政治というのは、「すべての論点が保守と革新の二極に分化され、両陣営がお互いをけなし合うこと」なんじゃないかと思うくらい。

もし誰か(e.g.若者)が「政治には興味がない」と言ったとすれば、それは主に「そういう定型化した党派争いに生産性を見出すことができない」という意味なんだと思う。単純な社会からの退引というよりも。日本でも党派争いはあるが、はるかに細分化というかタコツボ化されている気がする。どちらにしろ、私はあまりそういう党派に興味がないんですが……。

加えて言えば、日本を単純に「総保守社会」とか言う人がこっちで多いのは、「政治」に対してこのイメージを持っていることが一因だと思う。「保守政党」の自民党が(ほんの一時期を除いて)長期政権になっていれば、その時点で自動的に、ある種の危険な「総保守社会」というイメージが導き出されるんだろう。日本も確かにいろいろ変だが、こっちのよくある見方に共感するのも難しい。

ここで少々横に逸れますが、私を含めて多くの人は、新聞をインターネットで読んでいると思う。インターネット新聞にもいろいろあって、追い追い書ければ良いなと思いますが……とりあえず全国紙の購読層でも紙じゃなくてネットで見ている人が、ある程度の年齢以下では多くを占めると思う。
週刊誌というのは、主に新聞社が出しているので、クダンの「二元的政治」がもうちょっと詳細に展開される場になっている。論壇誌みたいのは、あるにはあるけど、誇張抜きに読んだという話をただの一度も聞いたことがない(再度大学院生含む)。「月刊東亜」とか、一応コンビニにも置いてあるんだが、あれ誰が読んでるんだろう。物価に比してものすごい高いし。

個人的に、ディスプレイ上で長い文章を読むのに慣れていない私は、正直ちょっと辛いです。
それはともかく、サーバーが堅強なのか、すごい昔の記事まで全部データ化されているんだが、やはり基本的にみんな流れの先頭しか見ないので……次々新しい話題が出て、まさしく「三ヶ月前のことは誰も覚えていない」感じ。
何か「この話題について掘り下げて調べようかな」と思ったら、一応できるようにはなっているが、そんな人は万に一人くらいしかいないだろう。ロングテールですね(笑)。この意味に限って言うと、ここはジェイムソン的な「歴史なき社会」なんだなあ、などと思うことがしばしばある。

そんで話を戻すと、例えば9月にタイでクーデターが起きたら、ジャーナリストとか大学教授とか、それなりに責任ある立場の保守系の人が「韓国でも、現状では左翼政権を倒すにはクーデターも視野に入れるべきかもしれない」とか言うんですね。そんでネット上ではもっと過激に「盧武鉉政権にクーデターを起こそう」とかいう話になって。
それに対して、「保守派はやはり(クーデターで政権奪取した)朴正熙の亡霊から逃れられないのだ」とか言い返して、そういう下らないやりとりをいちいち「ネチズンの動向」とか言ってそれぞれの新聞も取り上げて、党派争いの具に使って……そして数ヶ月経った今では、そんなやり取りがあったこと自体を誰も覚えていないという。外国報道すらもいちいちそんな感じ。
(以上の点はハンギョレのwnetwork.hani.co.kr/phosarang/2857とか参照)

そんで、こういう定型化・二元化した党派争いは、どこでも必ず、どちらの側にも語られないままの「先験的な前提条件」とか、社会的にタブー化されていて語りにくい問題の「代替化機能」とか、そういうのがあると思うんですが、それが何かはまだよく整理できないです。はい。

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2006年11月19日 (日)

文化公共事業

前回の続きで文化話。

先月末、友人たちが出演した「大韓民国バンドフェスティバル」(だったけな、似たようなの他にたくさんあるし)というのに行ったんですが……
漢江公園にわざわざ大きなステージを作って、万単位の人間が来ても大丈夫なように作られていましたが、たぶん3000人くらいしか来てなくて、普通に考えればどう見ても「失敗」。

このフェスティバルは、とあるロック評論家の人が企画したものだそうですが、こういうのにいちいち、文化観光部から1億ウォンくらい支援が出るらしいんですね。
どうりで運営側にもスタッフにも全然緊張感がないし、ファンサービスみたいな考えもほとんどないっぽいし……
この手のイベントは企画立案がちゃんとしてなくて、出演者の側も大変らしい。

日本で考えると、地域振興みたいな枠組みの中での公的支援がよくあると思うが、ここはソウルの真ん中で……こっちでは地域みたいのより、国の枠組みがはるかに強いような。
あと、たとえばホンデにある小さなインディー・レーベルとかも、審査に通れば、アルバム一枚出版するごとに500万ウォンとか、支援がもらえるらしい。

要するに、日本では主に「土建」のイメージがある、上からのバラマキみたいのが、韓国では「文化」の名の下に行われてるとしか思えないんですね。前回も書きましたが、人文社会系のアカデミズムにも、割と関係のある動きで。
日本にいると、韓国の文化振興政策のうち、成功例の話を聞くことが多いんだけど……こっちから見てると、時にろくでもない側面の方が目についたりする。という話。

ところで……
またノーブレインの話で恐縮なんですが(笑)、今日は「MBC映画大賞」っていう、テレビの全国局主催の映画賞の授賞式。セレブ満載の会場で「ラジオ・スター」に使われた曲を歌っていた。
もろスノッブな雰囲気の中で、頑張って暴れていたのだが……まあ単純にうれしかったんだけど、なんか江南と江北の文化差みたいのを感じるというか。それもまあ追い追いに……。

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光州に見る韓国の文化産業&左翼イデオロギー

書き残したこと&書きやすいことから書くとですね……。

先月末に行った光州では、会議出席のついでに、光州ビエンナーレに行ってきました。会議でご一緒した毛利先生ご一行に同行させてもらいました。

ビエンナーレは5部構成になっていて、全体的に「西洋と東洋の融合、その動きの中心としての韓国」みたいのがテーマで、今の韓国の左翼のイデオロギーをよく表しているなと思いました。要するに「バランサー論」ですね。
最後の第5部は「反米特集」で、南米と韓国の作家による、「米帝国主義を告発する」みたいなモティーフの作品群が展示されておりました。感想は同上。
しかし単純に、美術展示として、素人目にはあんまり面白くなかったです。

光州は、政策的に「アジアの文化中心都市」みたいのを目指す動きの対象であって、ビエンナーレも今回の会議もその一環。
会議のアフターパーティが、光州観光部(だったっけな)の敷地内だったんですが、その建物の中は展示場になっていて、概略以下のようなことがいろいろ書いてありました:

・アジアは工業化の副作用が露わになり、活力を失っているので文化が必要だ
・光州は民主化運動の経験から、民主的価値を重視する町だ
・民主主義は文化の前提条件であり、その不可欠の一部でもある
・よってここがアジアの文化の中心になり得る

そんでこの建物、80年の光州事件で、市民軍が最後に立て籠もった現場である旧市庁の隣に、わざわざ作られてるんですね。
↓光州事件
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%89%E5%B7%9E%E4%BA%8B%E4%BB%B6

こういう価値観は、文化産業云々というより、盧武鉉の正統性の中心でもあった訳ですが、もちろん近年急速にぐらついている。北朝鮮のミサイル~核実験はもちろん大きかったのだが、それ以前に、いずれ「運動の弊害」のようなものが吐き出されていく時期は、来ざるを得なかったんだと思う。
私は、似たようなことが日本でも起きている、というかもっと語られるべきだと思っているけど……やはり韓国の場合、この吐き出しには日本より相当激痛が伴うでしょうね。一番象徴的なのが、民主労働党関係者の北朝鮮スパイ疑惑なんでしょうけど……まあそういう話は追い追いに……。

光州では、事件の死者たちを祀る「5.18記念国立公園」にも行ってきた。学生運動の当時は、この日、墓参を目指すデモ隊と、警官隊との衝突が、毎年行われていた所。
写真展示などを見ていると、「運動の熱さ」みたいなものを感じるし、彼らを祀る気持ちはよく理解できるし、それなりに感動もする。だけどやはり、そういうのをまっすぐ礼賛してれば良かった時代がもう終わったことは、はっきり認識されるべきだと思う。似たような感慨は、韓国のそこかしこで感じるものでもある。

最後にまったく関係ない話ですが……今日はノーブレインの結成10周年記念コンサートだった。オリンピックホールのワンマン(ゲストはたくさん出たけど)という、「ちょっと無理してるんじゃないか」みたいな公演だったが、それなりに盛り上がって私もうれしかったです。はい。

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2006年11月17日 (金)

引越しと発表二回

大変お久しぶりです。
先月半ば、あてがわれていた大学の寮を出て、ホンデに部屋を借りて引っ越しまして、その手続きやら、引越しやら、買い物(当然何もなかったし)やら、インターネットやCATVの契約やら、いろいろあってですね……。最近やっと落ち着いて来ました。

その間、「マサキ」という在日3世にすごく世話になった。ノーブレインのイ・ソンウの弟分なんですが、私とは今回の来韓で初顔合わせ。ちなみに彼は日本で「Spinlaw」というバンドをやって結構いい所まで行った人。
弟分と言っても、イ・ソンウ&私(同い歳)より一つ年下なだけだし、私よりも彼の方が明らかに精神年齢は高い(笑)。だけど私の五分の兄弟分の弟分だから、一応私の方が兄貴分。みたいな論理で韓国は今日も回ってゆくのです。

それと同時に、二回ほど似た内容のことを発表させてもらいました。聖公会大学校の東アジア研究所の会合と、10月末に光州で開かれた「Asia Youth Culture Camp」という、一応国際会議。何だかんだ言って、英語で発表するのは疲れますね。
http://www.koanthro.or.kr/community/allim_content.asp?idx=514
http://www.asiacultureforum.org/AYCC/01program.html

後者は、そこかしこで本当にたくさん開かれている、韓国のカルチュラル・スタディーズの会合の中で、かなり大きいもの。日本とまったく違って、韓国は今まさにカルスタが花盛りといった所です。
この違いには、遅れてるとかいう問題よりも、大きく分けて二つ要因があって:
1)韓国では「左右対立」が今でも厳然としてあって、何らかの形の「左翼」みたいのが求められる土壌がまだある。特に大学の内部で。
2)カルスタは公的な文化産業振興の対象に含まれているので、資金援助その他を潤沢に受けられる。当のこのイベントも、文化観光部が後援している。

二つとも、カルスタどうこう以前に、良くも悪くも今の韓国の非常に重要な側面だと思う。今後そんなことをここでちらちら書いていければ良いなと。

ちなみに発表に誘ってくれたのは、韓国における私の師匠格のシン・ヒョンジュン。聖公会大学校の研究教授(日本の「客員教授」のイメージかな)で、著名な音楽批評家です。『韓国ポップの系譜学(60年代編&70年代編)』という大部の最新作をもらったのですが、読むのに相当な時間が予想されます……すみません。
↓シンさんのページ
http://homey.compuz.com/

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2006年10月13日 (金)

しょぼい近況報告

そりゃもちろんこっちでも大騒ぎなんですが、こんな時に限ってものすごく忙しいんです……。落ち着いたらまた報告させてください。

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2006年10月 9日 (月)

アメリカ産の学者が多いこと

最近東アジアでいろいろ話題が多いが、こっちでネットとか見てると、「保守」的な言動が本当にどんどん多くなってる。「保守」と「革新」は韓国独特の文脈がいろいろあって、日本のイメージとは全然違うんだけど……まあまだよく整理できないので、追い追いに。

土曜日は例によってイ・ソンウに誘われてホンデにいたが、その席に例の映画の主演俳優、パク・チャンフン氏がいてびっくりした。紹介してもらってうれしかったですけど……話すことねえよ……。

ところで。
せっかく来たので、この一月ほどの間にいろいろ授業へ出たりしてみたのですが……ソウル大の教授の多くはアメリカで学位取得した人である。そういう人が余りにも少ない日本から見てると「国際化されてて良い」ということになるのかもしれないが、なんかその副作用ばっかりが目に付く。

こういうのはどこまで一般化して良いのか分かりませんが、実際あったこととして……
ある教授の授業で、その人が英文ジャーナルに発表した論文を読まされたのですが、要するに、近年の韓国では自殺が余りにも多いと。自殺といえばデュルケームで、彼は「アノミー的自殺」を強調した。しかし公開されている統計資料から、自殺動機を析出してみると、韓国では「アノミー的自殺」がごく少数派に過ぎないことが分かった。これは自殺をめぐる社会理論に対する大きな貢献である。みたいな。

100年前に書かれたデュルケームの理論を、そのまま「検証」しよう、という発想そのものが理解できない。統計処理だけはやたら綿密にやるんですが……。
現在の自殺って言えば、普通「IMF改革以後の社会変動」とか考えるだろ……だがそういうことは文字通り一言も出てこないのである。

こういう人は、学部修了後にすぐアメリカへ行き、そのまま何十年か帰らないで、凱旋帰国してソウル大とかで教えているのだが……その間、韓国の空気感みたいのから遊離している意味では外国人と全然変わらないし、たぶん最初からそこに接近しようという意志もない。むしろそれが「学術」の役割だと思っているようだけど……だからこそ問題関心は抽象的な「理論」に「ならざるを得ない」んだろうなという感じ。
そんで一体何の意味があるのかまったく分からない「理論的な仮説」を練り出して(というか欧米理論から借りてきて)、それを「実証的に検証」したりしている論文が、国内でも英語でたくさん発行されている。

チョハン・ヘジョンみたいな人が、以前から「知の生産とコロニアリズム」とか言ってて、何のことか全然ピンと来なかったんだけど(そういう人々と接点がなかったし)、こっち来てみると「ああー『コロニアル知識人』ってこういう人のことね」と思うことがしばしばある。もちろん全部じゃないけど、そういう人がたくさんいるのは確か。まあそのこと自体に韓国の歴史的文脈があることも考えないといけないんでしょうけど……
でもとにかく、アメリカ学位取得とか、英語化とか、「国際化」とか、別に韓国の例を引くまでもなく当たり前のことだけど「やりゃ良いってもんじゃない」という話。

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2006年10月 5日 (木)

映画「ラジオ・スター」&サムジー・サウンド・フェスティバル

昔、「ノーブレイン」という私の知人のバンドの話をしましたが:
http://takahara.cocolog-nifty.com/blog/2005/12/post_7ba0.html

私の義兄弟分、そこのボーカルのイ・ソンウと気軽に連絡できるのは、韓国に来てうれしいことの一つ。
クダンの話があった3-4年前はこいつらもヒマでしたが(笑)、今は人気が上がっていて忙しい。付き合う人に芸能人とかが増えたし、私なんかが仕事場にホイホイ付いていく雰囲気ではもうない感じ。

そんでつい先週、こいつらが出演した映画「ラジオ・スター」というのが、公開になった。
監督は、前作の「王の男」というのが大ヒットしたイ・ジュニク。主演は、アン・ソンギという、間違いなく韓国で一番有名な俳優。パク・ジュンフンという、これも有名な俳優と、コンビで出てくる。

公式サイト↓
http://www.radiostar2006.com/
参考に例えばこれとか
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/09/20/20060920000002.html

物語とかは、まあヨソに譲るとしてですね……そのコンビがロックのラジオ番組を作っているという設定で、その番組にしつこくオンエアを迫る若いバンド、という賑やかし役(笑)でノーブレインが出てくる。
でも準主演みたいな感じだし、歌がフルコーラスで流れるし、ちょっとびっくり。このお盆休みに結構ヒットしてるみたいで、なんか私もうれしいですね。うんうん。

そんで先週末には「サムジー・サウンド・フェスティバル」という、こいつらも出たロックフェスみたいなのに行って……6万人来たらしいんですが、そのうち4万人くらいがこいつらの歌知ってて一緒に歌ってた。すげえなあ。

公式サイト↓
http://www.ssamnet.com

このフェスティバル、各出演者の持ち時間が15分くらいしかなくて、何よりもTV録画と広告を重要視しているような……「ロックフェス」というより巨大な公開録画みたいなもんで……。
まあいろいろ出たのですが、ユン・ドヒョン・バンドという韓国のサザンオールスターズ?みたいな位置付けの人たち(音はそれよりもっとハードだけど)がいて、韓国人を乗せるテクニックを全部知っているんですね。彼らの15分で会場の雰囲気ががらっと変わった。

日本からはエルレガーデンが出て、その前日にもホンデでライブしたんだけど、こっちでも人気上昇中みたい。
あと、今年はシム・スボンという、朴正熙の暗殺現場にいた、半ば伝説みたいなトロット歌手が出たんですが……韓国の変化の速さと遅さ、みたいなことを感じたり感じなかったり。

こっちのお盆は、田舎のある人はほぼ全員帰郷するし、ソウルの人でも家族親類と過ごすので、ものすごくヒマです。久々に独りになれてうれしい。

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2006年10月 4日 (水)

研究空間スユ+ノモ

今週、こちらは旧暦のお盆休みの大型連休で、かなりだらだらした雰囲気です。

先日は、「研究空間スユ+ノモ」という所にお邪魔しました。
某T大・某Kゼミナール同窓生、現在ソウル在住の、趙慶喜に紹介してもらった。ものすごく久々に会ったが、子供産んでも変わんないねえ。

それはともかく、ここは評論家(ということになるのか?)のコ・ミスク氏が代表をつとめる、在野の研究者集団みたいな所。検索すればいろいろ出てくるので、解説はそちらに。
日本に「カルチュラル・タイフーン」というのがあるが、あれがパーマネントな組織と建物を持つようになったら、こうなるのかな、というような雰囲気。関心の傾向も似てるし。
多少辺鄙な所にある建物を借り切り、一種のコミューンを形成して(実際そこに住んでる訳じゃないが)、大学界隈での活動が難しくなってきている人文学を楽しく維持していこうじゃないか、みたいなコンセプトなんだと思う。

こういう共同体って、必要なのかな。既に名のある代表者とか、手に職のあるメンバーとかはいいけど、院生とか「崩れ」みたいな子たちが、今とりあえずここに集っていることを、素直に祝福する気にはなれなかった。
それは当人たちが判断することだから別にいいとして、「東アジア」みたいな問題関心が、ほんの一部を除いて実はほぼ皆無な韓国の学界周辺において、日本とか中国とかにも関心を向けている点では大変貴重な団体。今後もたまにお邪魔しようと思います。という話。

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2006年9月29日 (金)

若年失業への関心の薄さについて

一度統計でちゃんと調べたら面白いと思うのだが、どう見ても韓国には空恐ろしいほどの数の若年失業者がいる。親元に住んで何もしていない人、つまりは日本風に言う「ニート」で「パラサイト」。

大学院なんて、彼らの代理収容所みたいなものになりつつある。学部卒後に即就職する人は本当に少ないので、大学院進学が増えて、文系でも修士卒はごく普通。
それ以外に、ホンデみたいな街に出てみても、何をしているのか分からない子たちが本当に多い。

ところが、それを「問題」とする発想が、そもそもこちらでは希薄である。30代初めくらいまで、親元に住むどころか、親が生活費を全負担するのは、ごくごく普通のこと。むしろそうしたがる親が多いように見える。
「日本では『ニート』というのが話題になってる」とか言っても、たいてい「働かないで実家にいて何が悪いの?そんな人、山ほどいるけど。 ポカン」みたいな反応です。
もちろん、「就職が大変だ」みたいな話は毎日毎日目にするし、個人レベルの当人たちはみんな焦っているし、いろいろな事情で、そうできない親子もいる。でも社会問題としての「若年雇用」という概念は、あんまりない。

確かに、日本での語られ方も、それはそれで歪んだ家族内コミュニケーションだの、会社主義だの、日本特有の文脈が大きく影を落としていて、気持ち悪い所がたくさんある。日本で一般的な認識が「正常」だとは髪の毛一本思わないが、でもやっぱ韓国の方もおかしいわな……。

韓国ではベビーブーム世代が日本より一回り年下だから、たいていの親はまだ現役で何かしら働いている。単純に考えれば、あと10年くらいしたら、日本みたいな形で問題が噴出するのかもしれない。
まああと、徴兵制のせいで日本より「独立」のイメージが自動的に3年くらい遅くなることとか、家族にまつわる文化差とか、弱い公的福祉よりも家族・友人ネットワークの信頼度が高いとか、いろいろあるんでしょうけど……。

徴兵制について言えば、なんか「若者の風紀是正」のために、徴兵制あるいはこれに類するような「強制収容」期間を設けよう、とか平気で言う人が日本でたまにいるけど……
そうすると、「独立」の時期はむしろ遅れるのが、理の当然だよなあ。
というか、徴兵制のおかげで、韓国社会の隅々にまで行き渡っている弊害の数々を、どう思ってるんだろう。……そんな話も、また機会があれば。

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2006年9月25日 (月)

近況報告

ソウルに来てから一ヶ月ほど経ちました。その間、思ったよりすごく忙しくてですね……大部分は生活上の些細なことに時間を取られていたのですが……。ようやっと、外国人登録証や携帯電話などが一式そろって、定着期を迎えた所です。と思ったら、あと5ヶ月もないのが悲しい所です。

その間、ここは完全放ったらかしだったのですが、知らない間にものすごい数のスパムが来ていて、削除するのも一苦労でですね……これからもちょくちょく管理に来られるか分からないので、申し訳ありませんがトラックバック欄とコメント欄は一時閉鎖することとさせてください。

さてソウルに来てから、いろいろ思うことがありまして、今後しばらく、韓国滞在記みたいな話が多くなりそうな予感なのですが……
とりあえず先週末は風邪を引いてしまい、高熱とともに尋常じゃない腹の下し方をしてですね(笑)、金土日の丸三日寝て、今ようやくタン(スープ)系のものが食べられるようになった所です。季節の変わり目、みなさまどうぞご自愛を。

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